かがくのつまみ食い
― ブラックホール初撮影の意義 ―

 

Date: 2019/04/28
Title: ブラックホール初撮影の意義① - ブラックホール研究の歴史1(理論的研究)
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、理論的研究


2019年4月10日に史上初めてブラックホール撮影に成功したということが発表されて20日程が経ったが、ブラックホール研究の歴史、今回の初撮影の意義について、話を整理しておきたいと思う。

blackhole
イベント・ホライズン・テレスコープで撮影された
銀河M87中心の巨大ブラックホールシャドウ
Credit: Event Horizon Telescope Collaboration
今回撮影に成功したのはイベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT)と呼ばれる、世界中の8つの電波望遠鏡をつなぎ合わせて、これまでにない感度と解像度を実現した地球サイズの仮想的な望遠鏡を作り上げる国際協力プロジェクトで、ブラックホールの画像を撮影するのを目的としたものだ(プロジェクトには200人以上の科学者・技術者が参加)。これによって、アインシュタインの一般相対性理論によって予言された極限状態の天体の姿を探る手段を提供しようという試みだ。
そして、今回撮影されたのは、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールだ。このブラックホールは地球から5500万光年の距離にある、太陽の65億倍もの質量を持つ巨大な天体だ。

ここで、ブラックホールについて歴史的な経緯も含めて少しおさらいしておこう(ザックリだけど)。

1. ブラックホール研究の歴史1 - 理論的研究

ブラックホールについての先駆的な着想は18世紀まで遡る。1783年、イギリスの天文学者ジョン・ミッチェル(John Michell, 1724 - 1793)は、ニュートンの提唱した光の粒子説に基づいて、万有引力の法則が光の粒子にも働くと仮定すれば、極めて密度の高い星では光の粒子さえもその重力圏から脱出できない(つまり我々の目には見えない)という仮説を出して、「暗黒の星」の概念を提唱した。しかしその後、光の波動説が優勢となり、この仮説は忘れ去られていった。そして、ブラックホールの現代的な理論研究はアインシュタインの一般相対性理論に始まる。

今から100年程前の1915年から1916年にかけて、ドイツ生まれの理論物理学者アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879 - 1955)は、自身が1905年に発表した特殊相対性理論を加速度運動を含めたものに拡張した一般相対性理論を発表した。一般相対性理論の基礎となるアインシュタイン方程式(重力場方程式ともいう)を最初に解いたのが、ドイツの天文学者・天体物理学者カール・シュバルツシルト(Karl Schwarzschild, 1873 - 1916)だ。
彼は第一次世界大戦の東部戦線にドイツ軍砲兵隊の技術将校として従軍中の1916年に、球対称・真空という条件のもとでアインシュタイン方程式を解いた。彼が導き出した解は(「シュバルツシルト解」と呼ばれる)、非常に小さくて重い星があった場合、その星の中心から”ある半径”の内側では脱出速度が光速を超え、光さえも脱出できなくなるほど曲がった時空が出現することを示していた。この半径を「シュバルツシルト半径」といい、中心からその半径だけ離れた場所に「事象の地平面(event horizon:事象の地平線ともいう)」と呼ばれる境界面を持つ。
シュバルツシルト解はブラックホールの存在を示唆するものだった。しかし、シュバルツシルト自身は、この奇妙な解に当惑し、現実にはこのような天体は存在しないと結論づけていた。アインシュタインもこの奇妙な事柄については、数学的な話であって実際にはあり得ないことだと考えていたようだ。

その後1931年には、インド生まれのアメリカの天体物理学者スプラマニアン・チャンドラセカール(Subrahmanyan Chandrasekhar, 1910 - 1995)は、太陽くらいの質量を持つ星の成れの果てである白色矮星の質量には上限があることを理論的に導き出した(これを「チャンドラセカール限界」という)。星の内部で核融合反応が起こらなくなって終末を迎えて縮んでできた白色矮星の内部では、原子がくっつき合うようになり、電子もぎっしり詰め込まれている。そのため電子の圧力が高くなって(これを「電子の縮退圧」という)、星が重力によって縮もうとするのを押しとどめる。しかしチャンドラセカールは、白色矮星が十分な質量を持っていたならば、電子の圧力に打ち勝って星はさらに縮んでいくことを指摘した。

1934年、アメリカの天文学者フリッツ・ツヴィッキー(Fritz Zwicky, 1898 - 1974、国籍はスイス)とウォルター・バーデ(Wilhelm Heinrich Walter Baade, 1893 - 1960、彼はドイツ生まれで、後にアメリカに移住)は、星がさらに潰れていくとどうなるかを考えた。重力で縮んでいこうとする力と電子の縮退圧がバランスしていたのが崩れ、原子核の中の陽子は電子を取り込んで中性子に変わって(これを「電子捕獲」という)、星の中心部は中性子のかたまりとなる。そうなると電子の縮退圧が弱まって重力を支えられなくなって星はさらに収縮していくが、今度は中性子同士の間の圧力が働き(これを「中性子の縮退圧」という)、重力と拮抗するようなる。このようにして星の中心部は中性子のかたまりとなるが、その外側ではまだ物質が秒速数万kmというものすごい速度で落下してくる。落下してきた物質は中性子の芯にぶつかって跳ね返され、それが衝撃波となって秒速何千kmもの速度で星の表面に向かって伝わっていって、周りの物質がいっきに吹き飛ばされる。これが「超新星爆発」と呼ばれるものだ。爆発によって星の外層部が吹き飛ばされると、後には高密度の中性子星が残される。中性子星の誕生だ。

1939年になると、アメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer, 1904 - 1967)らは、その頃話題となっていた中性子星の存在に関する議論の中で、中性子星の質量にも限界があるとして、次のような予言をした。
(1) 超新星爆発後に作られる中性子の核の質量がその限界より大きい場合、星は中性子星の段階にとどまることができず、重力によってさらに収縮していって重力崩壊がとどまるところを知らず無限に続く。
(2) 巨大な重力の影響で、その近くで発せられた光の波長は伸び(したがって赤っぽい色になる)、時間の進みが遅くなる。
しかし、当時は中性子星もまだ発見されておらず、オッペンハイマーらの研究は先進的すぎて、理論上の産物にとどまっていた。

1960年代以降、フレッド・ホイル(Sir Fred Hoyle, 1915 - 2001、イギリスの天文学者・SF小説家)、ジョン・ホイーラー(John Archibald Wheeler, 1911 - 2008、アメリカの物理学者)、ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose, 1931 - 、イギリスの数学者・理論物理学者)、スティーブン・ホーキング(Stephen William Hawking, 1942 - 2018、イギリスの理論物理学者)をはじめとする多くの物理学者によってブラックホールの理論的研究が精力的に進められていった。

ちなみに、ブラックホールという言葉を初めて使ったのはジョン・ホイーラーだった。それまでは”凍りついた星”とか”崩壊星”とか呼ばれていたが、1967年にニューヨークで開かれた会議で、彼は「ブラックホール(black hole)」という言葉を採用して自身の研究のPRに役立てたと言われている。これ以降、ブラックホールという言葉が広まっていったのだ。

関連記事はこちら。
国立天文台の記事:
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
Event Horizon Telescopeの記事:
https://eventhorizontelescope.org

Date: 2019/04/3020190430
Title: ブラックホール初撮影の意義② - ブラックホール研究の歴史2(宇宙のX線源と電波源の発見)
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、X線源、電波源


2. ブラックホール研究の歴史2 - 観測的研究
2.1 宇宙のX線源の発見

宇宙にポッカリ空いた黒い穴のような存在のブラックホール。ひとたびその中に吸い込まれれば、光さえも逃げ出すことができない。そのような「見えない星」をどうやって観測できるのか。しかし、宇宙はブラックホール探しの重要な手がかりとなるシグナルを発していた。そのシグナルとは「X線」だ。

ブラックホールの観測的研究が進展したのは、1970年代に人工衛星を使った「X線天文学」が発展したことが契機となった。宇宙の激しく活動する天体からはX線が放射されるが、X線は地球の大気に吸収されてしまうため地上では観測できない。そのため観測器を大気の頂上まで持ち上げて観測する必要があるのだ。初期の観測では気球やロケットに観測器を搭載して観測が行われていたが、気球では完全に大気圏外に出ることはできないし、ロケットでは観測時間が限られていた(たかだか5分程度)。しかし、1970年代に入ると人工衛星に観測器を搭載して観測が行われるようになった。これによって完全に大気圏外に出て地球を回りながら長時間の観測が可能になったのだ。

X-Ray Explorer Satellite
Uhuru (X-ray Explorer Satellite)
NASA [Public domain],
via Wikimedia Commons
最初に人工衛星に搭載された観測器が打ち上げられたのは、1970年にNASA(米航空宇宙局)によって打ち上げられたX線天文衛星「ウフル(Uhuru)」だ。ウフルは宇宙にある数々のX線発生源を突き止めていったが、その中でもはくちょう座のX線源「はくちょう座X-1(Cyg X-1)」は特異なものだった。はくちょう座X-1自体は、ロケットによる観測が始まってすぐの1962年に発見されており、さらに、1971年には、東大宇宙航空研究所(現JAXA・宇宙科学研究所)の気球とMIT(米マサチューセッツ工科大学)のロケット、衛星ウフルによって、ほぼ同時に”はくちょう座の首のところ”にX線源の正確な位置が特定された。

はくちょう座X-1は太陽系と同じく我々の銀河(天の川銀河)のオリオン腕に位置し、地球から約6000光年の距離にある強力なX線源で、太陽の30倍の質量を持つ星(この星は青色巨星で「HDE226868」と呼ばれる)と”見えない星”からなる連星で、5.6日の周期で互いの周りを回っていることが判明した。そして連星の挙動やX線の変動周期などから、相方の”見えない星”は大きさはコンパクトだが(直径300km以下)質量が太陽の10倍はあることがわかった。光は出さないがX線は出すこの星は、ブラックホールの最有力候補に躍り出たのだ。そしてこのX線は、HDE星が吹き出したガスが”見えない星”に吸い込まれて、その周りを高速で回転してガスの温度が1000万度以上にも達する円盤を形成し(これを「降着円盤」という)、その高温に熱せられたガスからX線が発生することがわかったのだ。


はくちょう座

はくちょう座X-1の想像図
[Credit: ESA, Hubble]


その後、NASAをはじめ、日本の宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)などによりX線天文衛星が次々と打ち上げられ、精力的に観測が行われてきた。そして、はくちょう座X-1以外にもブラックホールの候補とみられる強力なX線源がいくつも見つかった。


2.2 宇宙の電波源の発見

これまでは、X線を発する天体についての話だったが、宇宙には強力な電波を発する天体も存在する。

1950年代終わりから1960年にかけて、宇宙空間に数百個あまりの強力な電波を発する謎の電波源が発見されていた。その中に「3C48」と呼ばれる電波源があった。1961年、アメリカの天文学者マシューズはこの電波源を光学望遠鏡で正確に観測することに成功した。その後、オーストラリアの電波天文台にいた天文学者ハザードらによって、同じく強力な電波源「3C273」の位置を、この電波源が月が天を移動していくことによって隠される現象(「掩蔽」という)を利用して正確に割り出すことに成功した。さらにオランダの天文学者シュミットらによって、光学望遠鏡によってこの電波源を同定することに成功した。このように、宇宙にある強い電波源が光学望遠鏡で同定されていったが、これらの天体は強い電波を発するものの、望遠鏡で見ると点状にしか見えなかったのだ。しかも、これらの天体は地球から途方も無い距離にあることがわかったのだ(3C48は約47億光年、3C273は約24億光年もの彼方にある)。しかしこの天体の実体が一体何なのかは謎のままであった。そして、このようなとてつもなく遠方にあり、強いエネルギーを発している天体は「クエーサー」と呼ばれるようになったのだ(クエーサーは「準恒星状(quasi-stellar)」の短縮形)。

3C273 Chandra
クエーサー 3C273 とジェット
(チャンドラX線天文台による撮影)
Credit: NASA/CXC/SAO/H.Marshall et al.
クエーサーの観測が進むにつれ、クエーサーは途方もない距離にある銀河の一種と考えられるようになり、膨大なエネルギーがまさに銀河の中心の極めて狭い範囲から発せられていることがわかってきたのだが、そのメカニズムは一体何なのかと天体物理学者を悩ますことになった。何しろクエーサーの発するエネルギーは我々の銀河系にある恒星1000億~2000億個を合わせたもののさらに100倍にもなると見積もられていたからだ。仮にエネルギー源が核融合反応によるものとしたとしても、クエーサーの発する桁違いのエネルギーには全然足りないのだ。

そこで考えられたのが、クエーサーのエネルギー源は「大質量ブラックホール」というものだ。クエーサーの中心にある大質量ブラックホールを取り巻く降着円盤のガスなどの物質がブラックホールに落ち込むとき、重力エネルギーが解放されて膨大なエネルギーを生み出すと考えられているのだ。しかもそのエネルギー変換効率は非常に良く、ブラックホールに落ち込む質量の50%にもなるという。さしずめ高効率の発電所のようなものだ。しかもその大きさは巨大で、半径は太陽から地球までの距離にもなるという。そして膨大なエネルギーを生み出すために1年に1つから10個程度の星を飲み込んでいると考えられている。

関連記事はこちら。
国立天文台の記事:
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
Event Horizon Telescopeの記事:
https://eventhorizontelescope.org
はくちょう座X-1に関するISASのコラム:
http://www.isas.jaxa.jp/j/column/famous/01.shtml

Date: 2019/05/0420190504
Title: ブラックホール初撮影の意義③ - ブラックホール研究の歴史3(銀河の中心の観測)
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、銀河の中心


2.3 銀河の中心の観測

これまでは、ブラックホールの観測的研究のうち、宇宙のX線源と電波源の発見について書いてきた。ここからは、銀河の中心の観測について見ていってみよう。

クエーサーの中心にブラックホールがあるのなら、我々の天の川銀河の中心にもブラックホールはあるのだろうか?
その証拠は電波の観測から得られた。

天の川銀河の中心方向から電波がやってきていることに初めて気がついたのは、アメリカのベル研究所の無線技術者カール・ジャンスキー(Karl Jansky、1905 - 1950)で、1930年代初頭のことだった。彼は無線通信の雑音電波の原因を突きとめるため研究を続けていて、原因として飛行機や電気製品などの人工物からのもの、雷などの自然現象といった具合にひとつひとつ明らかにしていった。そして天の一角から未知の電波がやってきているのに気がついた。その電波は1日の周期で変動していたことから太陽起源ではないかと彼は考えた。しかし、さらに詳しく調べたところ、その電波は「いて座」の方向からやってくることを突きとめたのだ(彼が観測したのは波長14.6mの電波だった)。
そう。この電波は天の川銀河の中心方向からやってきていたのだ。そして、これが「電波天文学」の始まりであった。


Very Large Array [Wikipediaより]
user:Hajor [CC BY-SA 2.0],
via Wikimedia Commons
ただ、銀河の中心からやってくる電波は非常に微弱なものだ。テレビやラジオの電波と比べると1010分の1(100億分の1)ほどだ。こんな微弱な電波を受けるには大きなアンテナが必要だ。例えば、日本の国立天文台野辺山宇宙電波観測所の電波望遠鏡のパラボラアンテナは直径45m、ドイツのマックスプランク電波天文学研究所にある電波望遠鏡は直径100m(これら2つは可動式)だ。さらに、プエルトリコにあるアレシボ天文台の電波望遠鏡にいたっては直径305mもある(ただし、これはアンテナは動かせない)[1]。しかし、アンテナを大きくすればするほど、自重による変形など、いろんな困難なことも出てくる。

そこで考え出されたのが、小さな電波望遠鏡をいくつも組み合わせて、一つの大きな電波望遠鏡に合成して使おうというアイデアだ。このアイデアに基づいて作られたのが、米ニューメキシコ州にある米国立電波天文台に設置されたVLA(Very Large Array:超大型干渉電波望遠鏡群)だ。この望遠鏡群は直径25mのパラボラアンテナ27基がY字型に配置されていて、最大で一辺が21kmにもなる。アンテナ群が最大に広がると、分解能は最も高くなり、銀河中心の数光年の範囲の観測が可能になる。


X線(紫)と電波(青)でみた銀河中心領域の
合成画像
[Credit: X-ray: NASA/CXC/UCLA/Z.Li et al;
Radio: NRAO/VLA]
1990年頃、VLAを使った銀河中心から放出される電波の観測から次のことがわかった。
(1) 銀河の中心から100光年ほどの広い範囲の観測で、銀河の中心では銀河面(銀河を横から見たとき、星々が薄く横に広がっている面)に対して垂直の方向に強い磁場があって、直線の糸状の構造が銀河面を南北に貫いている。銀河の中心はそこから100光年ほどのところにあり、強い電波を放射している。
(2) 銀河の中心から30光年のどの狭い範囲の観測で、銀河の中心「いて座Aウェスト(Sgr A West)」では、太いガスや分子の流れが渦を巻くように中心に向かって流れ込んでいて、その中心部に強い電波源がある。流れ込んでいるガスや分子の流れは、中心からの強い放射によって明るく輝いている。

どうやら、この電波源の中にモンスターが潜んでいるようだ。これはブラックホールなのだろうか?

ちなみに、我々の銀河系の中心は、天球上では「いて座」の方向にあり、3つの電波源からなっていて「いて座A(Sgr A)」と呼ばれている。3つの電波源はそれぞれ「いて座Aイースト(Sgr A East)」、「いて座Aウェスト(Sgr A West)」、「いて座A*(Sgr A*:いて座・エー・スター)」と呼ばれていて、いて座Aイーストは超新星残骸、いて座Aウェストは渦巻腕状の構造の電波源、いて座A*はいて座Aウェストの渦巻の中心にある非常に明るくてコンパクトな電波源だ。なお、いて座A*という名称は1982年頃から使われるようになった。

関連記事はこちら。
国立天文台の記事:
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
Event Horizon Telescopeの記事:
https://eventhorizontelescope.org


[1] アレシボ天文台は1963年に完成し、それ以来単独の施設としては、2016年に完成した中国の望遠鏡FAST(直径500m)に抜かれるまで長らく世界最大を誇っていた。しかし、2020年8月以降ケーブルの破損などの事故が相次いだため、解体することになっていたが、その矢先の2020年12月、受信機のプラットフォームが反射鏡に落下して望遠鏡が完全に崩壊する事故が発生し、その役割を終えた。

Date: 2019/05/0620190506
Title: ブラックホール初撮影の意義④ - ブラックホール研究の歴史4(赤外線による観測、我々の銀河系以外)
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、赤外線、天の川銀河以外


これまでは電波による銀河中心の観測についてみてきた。ここからは、赤外線による銀河中心の観測、および我々の銀河系以外の銀河の観測について見ていってみたいと思う。

2.4 赤外線による観測

電波による銀河中心の観測によって、銀河中心にある電波源の中にモンスターが潜んでいるらしいことがわかってきた。これはブラックホールなのだろうか?
これを明らかにするため、全く別のアプローチによる観測が行われていた。それは赤外線での観測だ。

僕らの目に見える可視光線の波長は約400nmから約800nmだ(1nm(ナノメートル)は10億分の1メートル)。それより波長が長く、電波の一種であるマイクロ波(波長100μmから1m:1μm(マイクロメートル)は100万分の1メートル)より短い波長の光が赤外線だ。赤外線は大気中の水蒸気や二酸化炭素に吸収されるため(主に波長1~数μmの赤外線が大きく吸収される。そのため、これらの気体は温室効果ガスと呼ばれる)、赤外線望遠鏡は高い山の頂上に設置されるのが普通だ。さらに高い高度で観測しようと赤外線望遠鏡を飛行機に乗せて観測することが計画された。

NASA Lockheed C-141A KAO
カイパー空中天文台
主翼の根元の前方にあるハッチの内側に
赤外線望遠鏡が搭載されている。
NASA [Public domain], via Wikimedia Commons
それがNASAが運用した「カイパー空中天文台」だ。これは軍用輸送機C-141を改造して、機内に口径91.5cmの赤外線望遠鏡を搭載したもので、地上1万m以上の成層圏を飛行して観測が行われた(1974年に観測が開始され、1995年まで運用された)。カイパー空中天文台の名前は、カイパーベルトなどにその名を残す天文学者ジェラルド・カイパー(Gerard Peter Kuiper、1905 - 1973)にちなんで命名された。ちなみに、カイパー空中天文台は、軍用機のC-141が唯一平和利用のために使用されたものだ。

カイパー空中天文台を利用した観測の中心人物だったのはアメリカの物理学者チャールズ・タウンズ(Charles Hard Townes、1915 - 2015、彼はメーザーおよびレーザーを発明した業績で1964年にノーベル物理学賞を受賞)だ。彼の研究の目的は、我々の銀河中心にあるガスや分子雲の運動を綿密に調べることだった。これらのガスや分子雲の速度の違い(方向や大きさ)によるドップラー効果によって、これらの物体から放射される赤外線の波長が微妙に変化する。この変化を捉えようというものだった。彼が狙いを定めたのは銀河中心の3光年から0.3光年という狭い範囲だった。そして彼らの観測によって、銀河の中心核では、太陽質量の300万倍にもなるガスが中心核めがけて3つの方向から秒速数百kmもの速さで流れ込んでいることが判明した。


ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた銀河中心の赤外線画像
印がつけてあるところが銀河中心核で、「いて座A*」
と呼ばれる大質量ブラックホールが潜んでいる。
[Credits: NASA, ESA, and the Hubble Heritage
Team (STScI/AURA) Acknowledgment:
T. Do, A.Ghez (UCLA),V. Bajaj (STScI)]
これこそが銀河中心に潜むモンスターだ。このモンスターの正体についてタウンズは「100%断言はできないが、最も確率が高いのが巨大ブラックホールだ、とは十分言いうる」と述べている。

その後、2002年にはドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所(MPE)のライナー・シェーデルらの研究チームは、いて座A*の近くにあるS2と呼ばれる恒星の運動を、近赤外干渉計を使って約10年間にわたって観測した結果、「いて座A*は大質量ブラックホールである可能性が高い」と発表した。彼らの観測によると、S2はいて座A*の周りを楕円軌道を描いて回っていて、軌道の解析から公転周期は15.2年、いて座A*に最も近づいた時の距離はわずか”17光時”(光時は光が1時間で進む距離。17光時は約120AU、つまり太陽から地球までの距離の120倍)。そして中心部分の質量は太陽質量の370万倍もあると推定している。

MPEによるその後の観測や、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を中心とした研究グループなどによる研究で、いて座A*の質量は太陽質量の大体400万倍程度と見積もられている。これらの結果から、太陽系から約26000光年離れた我々の天の川銀河の中心には、大質量ブラックホールがあるのは間違いないと考えられるようになってきたのだ。


2.5 我々の銀河系以外の銀河の観測

ここまでは、我々の銀河系中心にあるブラックホールについて見てきた。それでは、それ以外の銀河についてはどうななのか?

実は、X線や電波、赤外線などによるさまざまな観測で、我々の銀河系以外の数多くの銀河も、その中心部に太陽質量の数百万倍から数十億倍という大質量ブラックホールが潜んでいるのは確実視されている。代表的なものはアンドロメダ銀河(M31)やおとめ座(Virgo)にある楕円銀河M87だ。

M87はおとめ座方向にある「おとめ座銀河団」の中心部に位置する銀河で、1918年、アメリカの天文学者ヒーバー・ダウスト・カーチス(Heber Doust Curtis、1872 - 1942)によって、この銀河の中心から延びる宇宙ジェットと呼ばれるプラズマガスが噴出しているのが発見された。放出されているジェットの長さは7000~8000光年にも及ぶと推定されている。これ以降、M87はさまざまな観測がなされてきた。そして、その中心部には太陽質量の何と60億倍というとてつもない超巨大ブラックホールが潜んでいることがわかってきたのだ。


おとめ座とおとめ座銀河団の位置

ハッブル宇宙望遠鏡が捉えたM87の中心とジェット
[Credits: NASA and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA)]


そして2011年9月、日本の総合研究大学院大学、国立天文台、JAXA・宇宙科学研究所の研究チームは、地球から約5440万光年彼方にある「おとめ座A(M87)銀河」に潜む超巨大ブラックホールの位置を、電波による観測で正確に突き止めることに世界で初めて成功したと発表した。
研究チームは VLBI(超長基線電波干渉計)と呼ばれる、地球の各地にある複数の電波望遠鏡をつないで、一つの巨大な電波望遠鏡として利用しようという手法だ。そして位置精度を極限まで高めた「多周波相対VLBI」という観測手段を駆使して、おとめ座Aから放出されているジェットの源流に潜むブラックホールの居場所を約20マイクロ秒角(1秒角の1億8000万分の1)という高精度で決定することに成功した。これはブラックホールの直径のわずか2倍に相当するものだった。さらにその位置は、電波で観測されるジェットの根元からブラックホールの直径のわずか7倍程度(0.02光年)しか離れていないことが明らかになった。

国立天文台の資料は以下のサイトを参照してください。
http://www2.nao.ac.jp/~m87blackhole/

ちなみに、多周波相対VLBIというのは、低い周波数から高い周波数へと観測周波数を上げていくことで(多周波)、これによって密度の濃いジェットの根元をより奥の方へ見通すという手法で、さらに目的の天体とは別の電波源を位置基準として利用して、目標の天体の位置を精密に測定する手法(相対VLBI)だそうだ。

これでおとめ座A(M87)の中心に潜むブラックホールの位置は定まった。さらに高い透過率と解像度を上げて観測すれば、ブラックホールの直接撮影も可能になるのだ。

以上、ブラックホールの研究の歴史について、駆け足で見てきたが、次章では、今回のブラックホール直接撮影の概要とその意義、今後の展望についてみていこうと思う。

関連記事はこちら。
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
Event Horizon Telescopeの記事:
https://eventhorizontelescope.org
銀河中心に関するNASAの記事:
https://www.nasa.gov/feature/goddard/2016/hubble-s-journey-to-the-center-of-our-galaxy
おとめ座A(M87)中心の超巨大ブラックホールの位置決定についての国立天文台の資料:
http://www2.nao.ac.jp/~m87blackhole/

Date: 2019/05/1120190511
Title: ブラックホール初撮影の意義⑤ - 概要とその意義、今後の展望は?
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、イベント・ホライズン・テレスコープ、初撮影、ブラックホール・シャドウ、強い重力場、一般相対性理論


3. ブラックホール初撮影の概要とその意義、今後の展望

これまでは、ブラックホールの研究の歴史について駆け足で見てきた。ここからは、今回の初撮影の概要とその意義、今後の展望について見ていってみたいと思う。

今回観測を行なったのは、イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT、事象の地平面望遠鏡)と呼ばれる国際協力プロジェクトで、超長基線電波干渉計(Very Long Baseline Interferometry: VLBI)という仕組みを使って世界中の8つの電波望遠鏡を同期させて、地球の自転を利用することで、地球サイズの仮想的な望遠鏡を構成したものだ。これによって、20マイクロ秒角というこれまでにない解像度を実現したものだ。この解像度は、人間の視力の300万倍に相当するもので、月にあるゴルフボールが見えるほどの「視力」だ。


EHTの各望遠鏡の配置
観測に使用された電波望遠鏡群は次の8つだ。

①アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)

南米チリのアタカマ砂漠に設置されている大型電波干渉計。高精度のパラボラアンテナを合計66台設置して、それら全体を一つの電波望遠鏡として活用。ヨーロッパ南天天文台(ESO)、日本の国立天文台(NAOJ)、アメリカ国立電波天文台(NRAO)などによって運用される国際共同利用機関。
公式サイト:https://www.eso.org/public/teles-instr/alma/

②アタカマパスファインダー実験施設(Atacama Pathfinder Experiment: APEX)

南米チリのアタカマ砂漠に設置されている口径12mのミリ波/サブミリ波望遠鏡。ヨーロッパ南天天文台(ESO)によって運用されている。
公式サイト:https://www.eso.org/public/teles-instr/apex/

③IRAM30m望遠鏡

スペインのシエラ・ネバダ天文台に設置されている口径30mの電波望遠鏡。フランスのグルノーブルに本部を置くミリ波電波天文学研究所 (Institut de radioastronomie millimétrique, IRAM) によって運用されている。
公式サイト:https://www.iram-institute.org/EN/30-meter-telescope.php

④ジェームズ・クラーク・マックスウェル望遠鏡(James Clerk Maxwell Telescope: JCMT)

米ハワイ島マウナケア山頂天文台群にある口径15mのミリ波/サブミリ波電波望遠鏡。東アジア地域内で天文学の共同プロジェクトを推進することを目的に設立された国際協力研究機関・東アジア天文台(East Asian Observatory: EAO)によって運営されている。
公式サイト:https://www.eaobservatory.org/jcmt/

⑤アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(Large Millimeter Telescope Alfonso Serrano: LMT)

メキシコのシエラネグラ山山頂に設置された口径50mのミリ波電波望遠鏡。メキシコ国立天文光学電子工学研究所および米マサチューセッツ大学(MIT)によって運営されている。
公式サイト:http://www.lmtgtm.org

⑥サブミリ波干渉計(Submillimeter Array: SMA)

米ハワイ島マウナケア山に設置されたサブミリ波電波干渉計。口径6mのパラボラアンテナを8台を結合してひとつの望遠鏡として使用。米ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(Smithsonian Astrophysical Observatory: SAO)が台湾の中央研究院天文及天文物理研究所(Institute of Astronomy and Astrophysics, Academia Sinica: ASIAA)との協力の下に設置、運営している。
公式サイト:https://www.cfa.harvard.edu/sma/

⑦サブミリ波望遠鏡(Submillimeter Telescope: SMT)

米アリゾナ州グラハム山にあるアリゾナ電波天文台(Arizona Radio Observatory: ARO)に設置されているサブミリ波望遠鏡。
公式サイト:http://aro.as.arizona.edu/index.htm

⑧南極点望遠鏡(South Pole Telescope: SPT)

南極点に設置された口径10mの電波望遠鏡。北米の9つの大学及び研究機関が参加するSPT Collaborationによって運営されている。
公式サイト:https://pole.uchicago.edu

これらの望遠鏡群を太陽系から5500万光年離れたおとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に狙いを定めて観測が行われた。そして、得られた数ペタバイト(ペタバイト(petabyte)は250バイト=約1125兆バイト)にも及ぶ生データは、ドイツのマックス・プランク電波天文学研究所(Max Planck Institute for Radio Astronomy)と米マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所(MIT Haystack Observatory)に設置された専用のスーパーコンピュターで処理された。もちろん日本の研究者たちも、観測やデータ解析、理論研究、シミュレーションなど、さまざまな面で今回の研究に貢献している。

大きな質量を持つブラックホールの周りの時空は、巨大な重力によって大きく曲げられて光さえも逃げ出すことのできない「時空の地平面」ができる。その近くを通って巨大な重力に捕捉された光は、一部は時空の地平面を通ってブラックホールに吸い込まれるが、一部は経路は大きく曲げられて外に飛んでいく。この境界の領域は「光子球」と呼ばれ、この領域が電磁波で観測できる限界となる。そしてその内側の暗い影の部分は「ブラックホール・シャドウ(black hole's shadow)」と呼ばれ、今回観測された黒い影だ。これはまさにブラックホールによって光が逃げ出せなくなったことを捉えた確かな証拠と言えるものなのだ(その外側のリング状の明るい領域 は、ブラックホール周辺の高温のプラズマガスから電波が放射されていることを示している)。

Black hole - Messier 87
M87の中心部にある巨大ブラックホールを
直接撮像した画像 (Credit: EHT Collaboration)
Event Horizon Telescope [CC BY 4.0],
via Wikimedia Commons
今回の観測対象となったM87の中心にある巨大ブラックホールは、大質量であるが、巨大という名前とは裏腹に、その大きさはコンパクトなサイズだ。リングの直径がおよそ42マイクロ秒角であることから、ブラックホールの質量は太陽の65億倍であることがわかったという(ETH-Japanのサイトの資料より)。時空の地平面の大きさはシャドウの大きさより2.5倍ほど小さく、直径は400億km(約0.004光年)ほどだ。もしこのブラックホールが太陽の位置にあったなら、冥王星の軌道(平均で59億5400万km)の3倍強ほど大きさになる。これは直径12万光年ほどのM87の大きさに比べてずいぶん小さいと思うかもしれないが、巨大で超大質量のブラックホールであることには変わりはない。

そして、今回の結果の意義は、世界中の電波望遠鏡を組み合わせて高感度・高解像度の地球サイズの電波望遠鏡を作れば、銀河の中心にある巨大ブラックホールの存在を捉えることができるということを示したことにある。そして、これまで間接的証拠しか示されていなかったブラックホールの存在、さらには強い重力場における一般相対性理論の検証を、電磁波による直接観測によって確かなものにしたのだ。
これは1915年から1916年にかけてアインシュタインが一般相対性理論を発表し、シュバルツシルトがアインシュタイン方程式を解いて、今日ブラックホールと呼ばれる特異な時空を表すシュバルツシルト解を発見して以来の100年越しの問いに対して、直接的な証拠を与えるものだ。そして今年は、イギリスの天文学者アーサー・エディントン卿(Sir Arthur Stanley Eddington、1882 - 1944)が皆既日食を利用して太陽の近傍を通る光の経路が曲げられることを確認して、一般相対性理論の正しさを検証してちょうど100年にあたる年だ。

しかし、今回の観測では新たな課題も見つかった。ハッブル宇宙望遠鏡などの観測ではM87の中心部から7000~8000光年におよぶ巨大なジェットが見られるが、今回の観測ではブラックホールとジェットとのつながりははっきりしていない。ブラックホールの巨大な重力を振り切ってどのようにしてジェットが生成されるのか、ブラックホールがジェットにエネルギーを供給する仕組みはまだよくわかっていない。この仕組みを解明するのが今後の課題だ。

そしてもう一つのターゲットが、我々の銀河(天の川銀河)の中心にある超大質量ブラックホールだ。「いて座A*」と呼ばれるそのブラックホールは太陽質量の400万倍ほどで、M87のブラックホールよりずっと小さい。地球から「いて座A*」までの距離はM87までの距離の1/2000ほどだが、大きさも1/2000ほどだ。つまり、地球から見たときの大きさはどちらも同じなので、近いからといって鮮明が画像が得られるとは限らないが、今後さらに高画質・高解像度の画像が得られることを目指した観測の準備が進められているようなので、今後の観測に期待したい。

ところで、2016年にLIGOプロジェクトチームが初めて重力波の直接観測に成功したことが発表されたときのことを思い返すと、この成功を受けて翌2017年にはプロジェクトチームのリーダー3人にノーベル物理学賞が授与された。今回のブラックホールの直接撮影初成功という快挙も、近い将来ノーベル物理学賞受賞ということに繋がるかもしれない。そうなることを期待したい(関係者が多すぎて、誰が受賞対象になるのかという問題があるかもしれないが…)。

おわり。

YouTubeにあるEHTについてのアニメーション動画


関連記事はこちら。
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
Event Horizon Telescopeの記事:
https://eventhorizontelescope.org
EHT-Japanの資料:
https://www.miz.nao.ac.jp/eht-j/c/pr/pr20190410

Date: 2022/05/1420220514
Title: 【追記】天の川銀河中心のブラックホールの撮影に成功!
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、イベント・ホライズン・テレスコープ、天の川銀河、ブラックホール・シャドウ、強い重力場、一般相対性理論


ブラックホールの初撮影成功が発表されてから3年が昨日、思いがけないニュースに出くわした。

それは、国際研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT: Event Horizon Telescope)・コラボレーション」が、僕らの銀河系(天の川銀河)の中心にあるブラックホールの撮影に成功したというニュースだ。


3年前の2019年4月、EHTが地球から5500万光年彼方にある”おとめ座銀河団”の楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールの撮影に初成功したというニュースで話題になったが、この時観測されたブラックホールは、質量が太陽の65億倍もある巨大なブラックホールだった。そして、もう一つのターゲットが天の川銀河の中心にある「いて座A*(Sgr A*)」と呼ばれる巨大ブラックホールだった。その質量は太陽の400万倍とM87のブラックホールに比べてすいずん小さいが(約1500分の1)、地球からの距離は2万7000光年と近く(約2000分の1)、地球から見た見かけの大きさはほぼ同じでM87と同じような画像が得られると期待されていたのだ。


ちなみに、EHT(事象の地平面望遠鏡)というのは、世界各地にある8つの電波望遠鏡を結んだ観測ネットワークで地球規模の望遠鏡を仮想的に作り上げたものだ。観測に加わった望遠鏡は以下の望遠鏡群だ。

①アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA、アルマ望遠鏡、チリ)

②アタカマパスファインダー実験施設(Atacama Pathfinder Experiment: APEX、チリ)

③IRAM30m望遠鏡(スペイン)

④ジェームズ・クラーク・マックスウェル望遠鏡(James Clerk Maxwell Telescope: JCMT、米国ハワイ)

⑤アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(Large Millimeter Telescope Alfonso Serrano: LMT、メキシコ)

⑥サブミリ波干渉計(Submillimeter Array: SMA、米国ハワイ)

⑦サブミリ波望遠鏡(Submillimeter Telescope: SMT、米国アリゾナ)

⑧南極点望遠鏡(South Pole Telescope: SPT、南極)

その後、グリーンランド望遠鏡(グリーンランド)、NOEMA観測所(フランス)、アリゾナ大学キットピーク12m望遠鏡(米国アリゾナ)が新たに観測網に加わったようだ。


Sgr A*
天の川銀河のブラックホールの画像
[Credit: EHT Collaboration]

今回得られた「いて座A*」の画像と前回のM87のブラックホールの画像(正確には、明るいリングとその内側の「シャドウ」と呼ばれる暗い部分)を見比べると、驚くほどよく似た画像であることがわかる。場所も大きさも全く異なる2つの巨大ブラックホールだが、EHT科学諮問委員会共同議長でオランダ・アムステルダム大学理論天体物理学教授セラ・マルコフ(Sera Markoff)氏によると、「ブラックホールの近傍は一般相対性理論が支配していて、そこから遠く離れる際に見られる違いは、ブラックホールの周囲の物質の違いを意味している」という。


しかし、まだ解明されていないこともいろいろある。今回2つ目のブラックホールの観測に成功したことで、質量も大きさも大きく異なる2つのブラックホールは究極のブラックホール物理実験場となる。これらを比較・対比することで、巨大な重力場という極端な環境での重力の振る舞いなど、検証が進んでいくことだろう。今後もEHTでの観測も続いていくようだし、新たな結果も得られると期待される。それによってアインシュタインの一般相対性理論が検証に耐えるのか、それともそれに代わる新たな理論が登場するのか、今後の展開が楽しみだ。


関連記事はこちら。

国立天文台の記事:

https://www.nao.ac.jp/news/science/2022/20220512-eht.html

アストロフィジカル・ジャーナル・レターズの特集記事:

https://iopscience.iop.org/journal/2041-8205/page/Focus_on_First_Sgr_A_Results

EHT公式サイトの記事:

https://eventhorizontelescope.org/blog/astronomers-reveal-first-image-black-hole-heart-our-galaxy