" quark " というニックネームについて


何年も前になるが、Biglobe に入会して以来ずっと " quark (クォークと読む) " というニックネームを使っている。この名前は素粒子物理学のことを知っている人ならすぐにわかる名前だが、物理をよく知らない人にとっては「なんじゃこれ?」っていう感じですかね。僕は高校の頃から、原子核物理や素粒子物理にずっと興味を持っていて、大学でも物理を専攻していたので、この名前を使うことにしたのだ。ちなみに大学時代に所属していた研究室は宇宙物理 (テーマは高エネルギー宇宙線一次粒子の解析) でした。

クォークについて一応簡単に説明してみようかな。
素粒子物理学では物質を構成する基本的な粒子を探求していて、以前は原子核を構成する陽子と中性子、それから原子核の周りをまわっている電子や、核力のもとになっている π (パイ) 中間子などが基本粒子と考えられてきたが、その後の加速器による実験で、陽子や中性子以外にもいろんな粒子が見つかってきて、多くの物理学者がいろいろ説明を試みたが、だんだん収拾がつかなくなってきた。そのため陽子や中性子や中間子は ”本当の意味での” 基本粒子ではないのではないかと考えられるようになった。
そんなとき (1960年代初め頃) 米国で建設されたばかりのスタンフォード線形加速器センター ( Stanford Linear Accelerator Center: SLAC1) ) で、ある加速器実験が行われた。その実験は高エネルギーに加速された電子を陽子にぶつけて、陽子をバラバラにして陽子が何からできているかを探るものだった (このような実験を深部非弾性散乱という)。
その結果、陽子や中性子も「別の ”何か” からできているらしい」という証拠が見つかった。その “何か” を説明するために、1960年代半ばにカリフォルニア工科大学 (California Institute of Technology: Caltech) のマレー・ゲルマン (Murray Gell-Man, 1929 - ) という物理学者が提唱した ”クォーク・モデル” というものが注目されるようになった。このモデルによると、クォークは陽子や電子と違って、2e/3 や -e/3 という風に “半端な” 電荷をもっていて (クォークの種類によって電荷の値は異なる) 、陽子や中性子のようなバリオン 2) は「3つのクォーク」で構成され、中間子は「クォークと反クォーク」で構成されるというようなものだ。クォークは全部で2種類×3世代、計6種類 (それぞれに反クォークが存在する) あり、その種類のことをフレーバー (Flavor) といい、アップ (u) 、ダウン (d) 、チャーム (c) 、ストレンジ (s) 、ボトム (b) 、トップ (t) と表わされる。3)
クォーク・モデルはそれまではほとんど注目されず、その存在を信じる人はほとんどいなかった。しかし、実験結果をうまく説明することができることから、がぜん注目されるようになった。同じころ、ゲルマンと同じ Caltech の物理学者リチャード・ファインマン (Richard P. Feynman, 1918 - 1988) はクォーク・モデルに対抗してパートン (parton)・モデルというのを考え付いたが、結局はクォーク・モデルの方が受け入れられるようになった。ちなみにクォークという名前は、ゲルマンがある小説に出てくるガチョウの鳴き声からとってつけたものだ。4)

ファインマンとゲルマンはライバルのようなもので、どちらもノーベル物理学賞を受賞したのだが、それも同じ大学 (Caltech) の同じフロアに研究室があって、同じような研究で競争していた (いがみ合っていた?) 。特にゲルマンはファインマンに対してライバル心むき出しで、ファインマンのやることなすこと全てが気に入らなかったらしい。おまけにノーベル賞もファインマンの方が先に受賞したもんだから 5)、余計にイライラが募ったらしい。一方のファインマンはそんなことどこ吹く風という感じだったらしいが (ノーベル賞をもらうのも気が進まなかったらしい) 、これもファインマンらしい一面を覗かせている。
ファインマンとゲルマンは性格的に正反対だったようで、ゲルマンはいかにもインテリという風貌で、プライドも高かったという。それに対してファインマンは天才肌で悪戯好きの (彼の悪戯については多くのエピソードがある) 陽気なニューヨーカーといった感じだ 6)。ファインマンはよくストリップバーにも出入りしていたらしいが (テーブルにあるナプキンに数式を書いて研究していたらしいが・・・) 、ゲルマンにしてみれば、そんなところに行くのはもってのほかだったのだろう。まさに水と油のようなものだ。
ファインマンはみんなに好かれる性格だったようで、彼のエッセイ " Surely your joking, Mr. Feynman " (邦題:ご冗談でしょう、ファインマンさん) はベストセラーとなり、物理学者だけでなく一般の人々の間にも多くのファンがいる (かくいう僕もその一人です) 。彼が亡くなったとき、Caltech のキャンパスには " We Love Dick! " (Dick は Richard の愛称) というメッセージが書かれた半旗が掲げられたという。ゲルマンの方はというと、その辺の話は読んだことがないので、よくわかりません・・・。

う~ん。書いているうちにクォークの話から、ファインマンとゲルマンの話になってしまった。まぁ、いっかぁ。


1) 1962年にスタンフォード大学 (Stanford University) によってカリフォルニア州メンロパーク (Menlo Park, CA) に設立された、線形加速器によって高エネルギー物理学の研究を行う国立研究所。現在は SLAC National Accelerator Laboratory (SLAC国立加速器研究所) に改称されているようです。

2) 陽子と中性子、およびそれらの仲間の粒子を総称してバリオン (Baryon) という。元々は質量の大きい ”重い粒子” という意味でつけられた名前で、以前は「重粒子」という日本語の用語も用いられてきたが、J/ψ 粒子 (ジェイ・プサイ粒子) などのように中間子でも陽子より重い粒子が発見されてからは、質量だけでは粒子を分類できなくなったため、重粒子という日本語表記はあまり用いられなくなってきて、日本語でも「バリオン」と表記される方が一般的になってきたようです。

3) クォークの組み合わせで表現すると、陽子は uud (アップ・クォーク2個とダウン・クォーク1個)、中性子は udd (アップ・クォーク1個とダウン・クォーク2個)、という風に表わされる。

4) アイルランド出身の小説家ジェイムズ・ジョイスの作品「フィネガンズ・ウェイク (Finnegans Wake) 」。僕はこの小説は読んだことはありませんが、とっっっても難解な小説らしいです。まぁ、こんな小説を読んでるあたりがゲルマンらしいと言うべきなのかな。

5) ファインマンは1965年に量子電磁力学の研究に対してジュリアン・シュウィンガー、朝永振一郎と共同受賞した。ゲルマンは1969年に素粒子の分類と相互作用に関する発見に対して受賞した (こちらは単独受賞) 。

6) ゲルマンもニューヨーク出身なので二人ともニューヨーカーなのだが、ファインマンの方がニューヨーカーという言葉がピッタリしていると思う。もっともこれは 、”ニューヨーカー” という言葉に対する僕の個人的なイメージにすぎませんが・・・。

(注)ここに書いてある内容は僕の記憶をもとにしているので、思い違いをしていることもあるかもしれません。 あしからず。