かがくのつまみ食い 2024

サイエンス関連のトピックスを集めてみました。このページは2024年に書いたトピックスですが、「かがくのつまみ食い3 - 一様な重力の中の運動」は別項にまとめたので、残りは以下の1編だけになってしまいました。

 

一様な重力の中の運動についての一連の記事はサイエンスのトップページの「かがくのつまみ食い3」よりご覧ください

Date: 2024/8/17
Title: 超高エネルギー宇宙線は重い原子核が主成分か?
Category: 物理
Keywords: 超高エネルギー、宇宙線、原子核


ネットのニュースをチェックしていたら、興味深い記事を見つけた。それは

「高エネルギーの宇宙線、重い元素で構成か 東大など」(日経電子版)

という記事だ。


僕は学生時代(まぁ、随分昔の話だけど)、宇宙線1次粒子の解析をやっていたので、この記事を読んで、宇宙線についてはまだまだよくわかっていないことが多いんだなと改めて感じだ。


まずは、そもそも宇宙線とはどういうものなのかということから(ちょっとだけ復習)。

宇宙空間には星の光、宇宙マイクロ波背景放射などの他に宇宙線と呼ばれる放射線が存在している。この宇宙線は宇宙空間を飛び交っている高エネルギーの粒子で、日夜地球にも降り注いでいるが、地球には厚い大気があるので、そのままの形では地表に到達することができない。そのため地球に入射した宇宙線粒子は大気の分子と衝突して大量の粒子を生成して地表に降り注いでいる。このように放射線が空から降り注いでることが知られるようになったのは、今から100年ほど前の20世紀初頭のことで、オーストリアの物理学者ヘス(Victor Franz Hess、1883-1964)は、1912年から1919年頃にかけて気球を飛ばして、高度が高くなるにつれて放射線量が増えることを確かめた。これによって、放射線が地面からだけでなく、宇宙からもやってきていることが証明され、宇宙線の発見に至ったのだ。


宇宙線は2種類に大別され、地球の外の宇宙空間からやってきたものを1次宇宙線(1次粒子)、地球大気と衝突して生成されたさまざまな粒子を2次宇宙線(2次粒子)と呼んでいる。宇宙線研究には二つの側面があり、1次宇宙線が宇宙のどこで生成され、どのようにして高エネルギーにまで加速されたかということを研究する天体物理学的な側面と、1次宇宙線が大気と衝突したとき、どのような相互作用によってどのような粒子が生成されるかを研究する原子核・素粒子物理学的な側面だ。


1次宇宙線の主な成分は陽子(水素原子核)で全体の約90%を占めている。その次に多いのがアルファ粒子(ヘリウム原子核)でおよそ9%、残りの1%ほどの中に炭素、酸素、鉄などの重い原子核が含まれている(さらには宇宙線にはX線やガンマ線のような高エネルギーの光子や電子、ニュートリノも含まれている [1])。


さて、僕が学生時代にやっていたのは、原子核乾板という高感度の写真乾板とプラスチック板を組み合わせた飛跡検出器を積み重ねたもので構成されたエマルション・チェンバーという装置で [2]、これを気球で高空(成層圏)まで飛ばして長時間宇宙線に曝露して回収・現像(プラスチック板はエッチング処理をする)したものを、ひたすら顕微鏡で観察して飛跡を解析することだった。


宇宙線のエネルギーは \(10^9\,\rm eV\)(10億電子ボルト)から、高いものでは \(10^{20}\,\rm eV\)(100,000,000,000,000,000,000 電子ボルト [3])位にまでわたっていて、エネルギーが高くなるほどその数が激減して観測が難しく、その当時はまだ詳しくわかっていないことも多かった。当時僕が解析していたのは1次粒子のうちの鉄原子核で、そのエネルギーは核子1個当たり \(1\sim 100\,\rm GeV\,(1\,GeV = 10^9\,eV)\) 位で、\(1\,\rm TeV\,(10^{12}\,eV)\) を超えるものは超高エネルギーと呼ばれていたと記憶している(記憶があやふやだけど)。


それでは、なぜ鉄原子核を観測していたのか? ということだが、それには恒星内の元素合成が関係しているのだ。

太陽などの恒星の中心部では水素(H)を燃料とした核融合反応でヘリウム(He)が生成されている。そしてこの過程にある恒星は”主系列星”と呼ばれている。水素からヘリウムを合成する核融合反応過程は、一つは陽子-陽子連鎖反応(ppチェインとも呼ばれる)といわれるもので、これは太陽程度の質量の恒星でのエネルギー生成の大半を担っているものだ。この他に、より質量の大きな恒星でのエネルギー生成過程であるCNOサイクルと呼ばれる反応過程がある。これは水素原子核(陽子)からヘリウム原子核(アルファ粒子)を生成する過程の途中で、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)の原子核が関わってくるため、そう呼ばれている [4]。

質量の軽い恒星の場合、燃料である水素を使い果たすと核融合反応はそこで止まってしまうが、恒星が十分な質量を持っていると、さらに元素合成反応が進んでいく。さまざまな反応過程を経て、炭素、酸素、珪素(Si)などの元素が合成されていくが、最終的には鉄(Fe)まで合成されて核融合による元素合成反応は止まる。鉄は全ての原子核中で核子1個当たりの結合エネルギーが最も大きく、もはや核融合によってエネルギーを取り出せなくなるからだ(これは大雑把な説明なので、詳しくは専門書等を参照してください)。


このように恒星のコアに生成された鉄原子核は、最終的には超新星爆発によって宇宙空間に撒き散らされ、我々の地球近傍までやってきて、高エネルギー宇宙線として観測されると考えられていたのだ。この宇宙線鉄原子核のエネルギースペクトル調べることで、宇宙線がどこで発生し、どのようにして高いエネルギーまで加速されているのかを探るのが研究の目的だった(と記憶しているが)。


さて、前置きが長くなってしまったが、今回の日経電子版の記事によると、東京大学などの国際研究チームは、超高エネルギーの宇宙線が鉄などの重い原子核で構成されている可能性を明らかにしたという。研究チームは、米ユタ州の砂漠地帯にある宇宙線望遠鏡(Telescope Array)を使用した国際共同宇宙線観測実験「テレスコープアレイ(TA)実験」で超高エネルギーの宇宙線を観測した。テレスコープアレイは約700平方キロメートルの敷地に1.2キロメートル間隔で507台の検出器(シンチレーション検出器)を設置したものだ。

高エネルギーの宇宙線1次粒子が地球大気に入射すると、空気分子との相互作用で多量の2次粒子を生成し、広範囲(直径約10キロメートル)に広がる粒子群となって地表に降り注ぐ。この2次粒子群は「空気シャワー」と呼ばれ、地表に数キロ間隔で設置された複数個の粒子検出器によってほぼ同時に検出される。


このTAで08年から14年間に観測された100エクサ電子ボルト [5] 以上のエネルギーを持つ宇宙線19例について、宇宙線がやってきた方向や、その間の宇宙の磁場の影響 [6] などを含めて解析した結果、鉄のような重い原子核が主成分である可能性が高いという。

今後、TA実験では検出器を増やして、超高エネルギー宇宙線の観測例をさらに増やし、1次粒子の識別法の向上、宇宙の極高エネルギー現象(ガンマ線バースト、活動銀河核からのジェットなど)との関連を明らかにしていく予定だという。


僕が学生の頃は、宇宙線についてはまだよくわかっていないことが多かったが、その後、研究の進展によって少しずつ解明されつつあるようだけど、宇宙線にはまだまだ謎が多いなぁ。今後の研究の進展をWatchしていくことにしよう。


関連記事・サイトはこちら。

(1) 日経電子版の記事:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG26AKO0W4A620C2000000/

(2) 東京大学宇宙線研究所のプレスリリース(2024.06.28):

https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/news/15231/

(3) テレスコープアレイのサイト:

https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/ta/ta_public/index.html

(4) 東京大学宇宙線研究所のプレスリリース(2023.11.24):

https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/news/14465/

(5) Forbes Japan の記事:

https://forbesjapan.com/articles/detail/67565


[1] これらの粒子を総称して宇宙線と呼んでいる。なので、”宇宙線”という名前の固有の粒子が存在するわけではない。


[2] 原子核乾板+プラスチックの他に、チェンバー下部にはX線フィルムと鉛板を重ねたものも搭載されていた。


[3] これは現在世界最大の加速器であるCERN(欧州合同原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)で作り出されるエネルギー(重心系衝突エネルギー)\(13\,\rm TeV\,=\,1.3 \times 10^{13}\,eV \) より7桁(1000万倍)以上も上回るエネルギーだ。


[4] 恒星の中に炭素(\(\rm ^{12}C\))が含まれていると、\(\rm ^{12}C\) を起点に陽子捕獲と \(\rm \beta^{+}\) 崩壊を繰り返して \(\rm N\) と \(\rm O\) の同位体を経由して最終的に \(\rm ^4He\) を生成する反応で、最後に生成された \(\rm ^{12}C\) が再び水素と結合して全体としてサイクル反応となる。このサイクルの正味の反応は、4個の水素原子核(陽子)が融合して1個のヘリウム原子核(アルファ粒子)と2個の陽電子(\(\rm e^{+}\))、2個の電子ニュートリノ(\(\rm \nu_e\))に変換され、エネルギーがガンマ線(\(\rm \gamma\))として放出されるものだ。この反応過程の途中で関わってくる炭素、窒素、酸素原子核は反応の触媒の役割を果たしていて、サイクル中で再生産される。


[5] 1エクサ(記号:E)= \(10^{18}\)(100京)。100エクサ電子ボルトは \(\rm 100\,EeV \,= \,10^{20}\,eV \)。TAでは2021年5月27日に \(\rm 244\,EeV\,(2.44 \times 10^{20}\,eV)\) というTA史上最高エネルギーの宇宙線が観測され、「アマテラス粒子」と呼ばれている。なお、史上最高エネルギーの宇宙線は、1991年10月15日にフライズアイ実験によって観測された \(\rm 320\,EeV\) の宇宙線で、驚くべきエネルギーを持った粒子ということで「オーマイゴッド」と呼ばれている。


[6] 荷電粒子が磁場中を通ると、粒子には磁場の方向と粒子の速度の方向に垂直な力(ローレンツ力)が働くので、粒子の運動方向が曲げられる。したがって、宇宙線粒子が宇宙空間を飛んでいく間に宇宙の磁場によって経路が曲げられるので、宇宙線が飛んできた方向を観測しても、宇宙線の源は見つけられない。しかし、超高エネルギーの粒子の場合は磁場で曲げられにくくなるので、粒子の到来方向が発生源を指し示すことが期待されている。