かがくのつまみ食い 2023

サイエンス関連のトピックスを集めてみました。このページは2023年に書いたトピックスです。

 

Date: 2023/11/25
Title: 夜空に浮かぶ3つの三日月
Category: 太陽系
Keywords: 土星、衛星、土星探査機カッシーニ、三重三日月


ネットのニュースをチェックしていたら、面白い画像を見つけた。

それは夜空に浮かぶ3つの三日月を写した画像だ。これは、米航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)によって開発され、1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニが捉えた土星の3つの衛星の画像だ。カッシーニ自体は2017年9月15日に土星の大気圏に突入して運用を終了したが、この写真は2015年3月25日にカッシーニの狭角カメラで撮影されたもので、NASAのWebサイトに「Triple Crescents(三重三日月)」というタイトルで掲載されているものだ。


Triple Crescents
土星探査機カッシーニが撮影した土星の衛星タイタン、レア、ミマス
[Credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute]

写真に写っている3つの衛星は、中央付近の最も大きな三日月が土星最大の衛星タイタン(Titan:直径約5,150km)で、タイタンの左上の三日月はレア(Rhea:直径約1,527km)、左下の小さい三日月がミマス(Mimas:直径約396km)だ。撮影時のカッシーニからの距離は、タイタンが約430万km、ミマスが約300万km、レアが約260万kmだそうだ。


Webサイトの説明によると、タイタンは厚い大気(地表気圧は地球の1.45倍、高さは975km)をもち、雲の層しか見えていないので、輪郭が少しぼやけている。また、大気によって月の周りで光が屈折しているので、大気のない月よりも月の周りをほんの少しだけ包み込んでいる。レアは氷の表面にクレーターが多いので、デコボコして見える。ミマスはこの縮尺では見るのは難しいが、暴力的な歴史によるデコボコ(恐らく、ミマスを完全に破壊する寸前であったと考えられる大きなクレーターを指すと思われる)が見られる、ということだそうだ。


地球には月が1つしかないのでこのような幻想的な光景は見られないが、多数の衛星を持つ惑星(土星には衛星が146個ある。2023年11月現在)ならではの光景だ。


関連記事はこちら。

NASAの記事:

https://www.nasa.gov/image-article/triple-crescents/

Soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20201107-cassini.html

Date: 2023/9/16
Title: 爆発から35年後、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた超新星「SN 1987A」の現在の姿
Category: 宇宙
Keywords: 超新星、SN 1987A、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡


久々に超新星の話題を。


今から36年前の1987年2月23日、地球から16万8000光年の距離にある大マゼラン雲(Large Magellanic Cloud [1])で超新星が発見された。発見したのは南米チリのラス・カンパナス天文台(Las Campanas Observatory: LCO)で観測を行なっていた、カナダのトロント大学(University of Toronto)の無名の若者イアン・シェルトン(Ian Shelton)で、彼は大マゼラン雲を撮影した写真に見慣れない明るい天体が写っているのに気がついた。彼は慌てて外に飛び出し、肉眼でも写真と同じ位置に光の点があることを確認した。これが1604年にドイツの天文学者ケプラー(Johannes Kepler)が肉眼で超新星を発見して以来、約400年ぶりに肉眼で見えた超新星だった。この超新星は1987年に最初に発見された超新星ということで、「SN 1987A」(SNはSupernova:超新星を表す)と名付けられた。


同じ頃(正確に言うと、2〜3時間前)、地球の反対側の日本では、陽子崩壊を観測するために建設されたカミオカンデ [2] で爆発時に放出されたニュートリノが検出された(カミオカンデ以外にもアメリカ、ロシアでもニュートリノ・バーストが観測されている)。これは、超新星から放出されるニュートリノが初めて直接観測されたもので、ニュートリノ天文学の幕開けとなった。この業績は、小柴昌俊博士の2002年のノーベル物理学賞受賞につながった。


SN 1987A
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた
超新星 SN 1987A の残骸
[Credits: NASA, ESA, CSA, M. Matsuura (Cardiff University),
R. Arendt (NASA’s Goddard Spaceflight Center &
University of Maryland, Baltimore County),
C. Fransson (Stockholm University), and J. Larsson
(KTH Royal Institute of Technology).
Image Processing: A. Pagan]

そして、今回の話だ。 超新星爆発から35年経った2022年9月、米NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope:JWST)に搭載された近赤外線カメラで超新星 SN 1987A の残骸が観測された。公開された画像を解説した記事によると、


(1) 中心部には鍵穴のような形をした構造がある。その中心には爆発時に放出されたガスと塵が非常な高密度の塊となって集まっていると見られている。中心部に暗い穴があるように見えているのは、JWSTが捉える近赤外線でも透過できないほどの高密度だからだという。


(2) 中央にある鍵穴を取り囲むような明るいリングと、その上下に2つの淡いリングが砂時計のような形を描き出している。中央のリングは、元の星から超新星爆発の数万年前に放出されたと考えられている物質で構成されていて、爆発の衝撃波が到達したことで生じた明るく輝くホットスポットがいくつも生じている。


宇宙望遠鏡科学研究所(Space Telescope Science Institute: STScI、JWSTの運用を担っている)によれば、SN 1987Aのこれらのリングや鍵穴のような構造はハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)などの観測でも捉えられていたが、JWSTによる観測では鍵穴を取り囲むような三日月状の構造が新たに捉えられている。この三日月状の構造は超新星爆発時に放出されたガスの外層の一部ではないかと考えられているという。


超新星 SN1987Aは、爆発後の中心部には中性子星があると考えられているが、本当に中性子星があるかどうかはまだ確認されていないようだ(他にもいくつか謎が残されているようだ)。今後も、JWSTやHST、X線観測衛星「チャンドラ(Chandra)」などとともに、SN 1987Aの観測は続けらるようなので、謎も解き明かされていくのだろう。


関連記事はこちら。

NASAの記事:

https://www.nasa.gov/missions/webb/webb-reveals-new-structures-within-iconic-supernova/

Soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20230908-webb-sn1987a.html


[1] 大マゼラン雲は南天にあり、沖の鳥島などごく一部を除いて日本からは見ることはできない。また、小マゼラン雲とともに、天の川銀河の伴銀河となっていて、アンドロメダ銀河などとともに局所銀河群を構成している。


[2] カミオカンデは、素粒子の大統一理論で予言されていた陽子崩壊を観測するために、1983年に岐阜県神岡鉱山地下1000mに設置された観測装置。名前の由来はKamioka Nucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)。1996年にはより大型の観測装置であるスーパーカミオカンデが稼働したことでその役目を終えた。

Date: 2023/8/15
Title: 常温常圧超伝導は本物なのか?
Category: 物理
Keywords: 超伝導、常温、常圧


ちょっと前から韓国の研究チームが発表した「常温・常圧で超伝導を実現する物質」について、メディアを賑わせている。


発表したのは韓国・高麗大学の量子エネルギー研究センターの研究チームで、問題の物質は「LK-99」と呼ばれる鉛アパタイトをわずかに変更した六方晶系の物質 \(\rm Pb_{10-x}Cu_x(PO_4)_6O\,(0.9 < x < 1.1))\) で、常圧かつ常温(転移温度 \(T_c\) は 400K, 127℃)で超伝導を示したという。ただし、論文自体はプレプリントを投稿するサイト arXiv で発表されているもので、現段階では査読は受けていないようだ。


プレプリントのサイトにある論文を読むと(概要しか読んでいないけど)、LK-99の超伝導は、温度や圧力のような外的な要因ではなく、結晶構造のわずかな体積収縮(0.48%)による微細な構造歪みに起因するという。そして、LK-99が常温常圧で超伝導を示し、それを維持するのは、微小な歪構造を維持できるLK-99の独特な構造にあるという。


もし、LK-99が常温常圧で超伝導を示すのが本当なら、ノーベル賞級の物凄い発見ということになるのだが…。


ここで、高温超伝導についてちょっと振り返ってみよう。

以前にも書いたけど、1911年にオランダの物理学者カマリン・オンネス(Heike Kamerlingh Onnes, 1853-1926)によって、水銀を液体ヘリウムで冷却して約4K(摂氏では\(\rm -269^{\circ}C\))で電気抵抗がゼロになることを発見したのが超伝導研究の始まりだ。その後長らく転移温度(\(T_c\)、この温度以下で超伝導になる)はなかなか上がらなかったが、1986年にIBMチューリッヒ研究所の物理学者アレックス・ミューラー(Karl Alexander Müller、1927-2023)とヨハネス・ベドノルツ(Johannes Georg Bednorz, 1950-)によって、La-Ba-Cu-O 系の銅酸化物で30K(\(\rm -243^{\circ}C\))付近で超伝導を示すことが発見され、これが高温超伝導研究の始まりだった。その後、液体窒素の沸点(77K、\(\rm -196^{\circ}C\))を超える温度で超伝導を示す物質(主に銅酸化物系)が次々と発見され、1993年に発見された水銀系銅酸化物 \(\rm HgBa_2Ca_2Cu_3O_x\)(Hg-1223)が \(T_c \sim 135\,\rm K\)(\(\rm -138^{\circ}C\))で超伝導を示すことが発見され、これが常圧で最も高い転移温度を示す超伝導体だ。


その後、2010年代になると、「高圧下」という特殊な環境下で、これまでにない高い温度で超伝導状態になったという報告がなされるようになり、2019年にはランタン(元素記号 La)の超水素化物で 200 GPa(200万気圧)という超高圧下で260K(\(\rm -13^{\circ}C\))で超伝導状態になったという報告がなされた。さらに2020年には米ロチェスター大学の研究グループが 267 GPa(267万気圧)という超高圧下で、炭素質水素化硫黄(\(\rm CH_8S\))が、287.7K(15℃)で超伝導状態になることを発見し、初の摂氏0度を超える報告となったようだが、Nature誌から論文について疑問が提起され、その後論文は撤回されたようだ。そして、今回のLK-99という物質が常温・常圧で超伝導になったという報告だ。


LK-99については、世界中で追試が行われているようだが、今のところ否定的な見解が多いようだ。例えば、ニューデリーのインド国立物理研究所と北京の北航大学のチームによる2つの別々の実験研究では、LK-99の合成が報告されたが、超伝導の兆候は観察されなかったという。また、中国の南京にある東南大学の研究者らによる3回目の実験では、マイスナー効果は見られなかったが、\(\rm -163^{\circ}C\)(110K)でLK-99の抵抗がゼロに近い値を測定したという。しかし、これは室温よりはるかに低い温度だ(超伝導体としては高い値だが)。


超伝導の世界では、最初は有望視されながら精査されると失敗が明らかになる物質がたくさん報告されているといい、研究者の間では「未確認超伝導物体(Unidentified Superconducting Objects: USO → 日本語にすると「ウソ」になる。こりゃいいや!)」という言葉さえあるそうだ。LK-99がホンモノの超伝導体なのか、それともUSOの仲間入りをするのか、今後の検証結果が見ものだ。


それに、仮にLK-99が本物の超伝導体だとしても、どの程度実用性があるのかの検証にはさらに時間がかかりそうだ。しばらくは静観する方が良さそうだ。


関連記事・論文はこちら。

プレプリント投稿サイト arXiv で発表された論文①:

https://arxiv.org/abs/2307.12008

プレプリント投稿サイト arXiv で発表された論文②:

https://arxiv.org/abs/2307.12037

Nature誌に掲載された記事:

https://www.nature.com/articles/d41586-023-02481-0

ネットのニュース記事:

常温常圧超伝導体だという「LK-99」に科学誌Natureが懐疑的な見解を示す

Date: 2023/5/2
Title: If \(x^2-x+1=0\) Then \(x^{2015}-x^{2014}=?\) 答えは…
Category: 数学
Keywords: 2次方程式、解、オイラーの公式


ネットで面白い数学問題を見つけたので解いてみた。


その問題とは、「If \(x^2-x+1=0\) Then \(x^{2015}-x^{2014}=?\)」というものだ。


まずは、2次方程式

\begin{align} x^2-x+1=0 \end{align}

の解は

\begin{align} x=\frac{1\pm i \sqrt{3}}{2},\,ここで、i\,は虚数単位\, (i^2=-1) \end{align}

となるが、これを

\begin{align} x=\frac{1}{2}\pm i\frac{\sqrt{3}}{2} \end{align}

と書き直して、第1項 \(1/2\) と 第2項の \(\sqrt{3}/2\) に着目すると、

\begin{align} \cos{(\pi/3)}=\frac{1}{2}\,,\quad \sin{(\pi/3)}=\frac{\sqrt{3}}{2} \end{align}

なので、オイラーの公式

\begin{align} e^{\pm i \theta} = \cos{\theta} \pm i\sin{\theta} \end{align}

を使うと、解は次のように表される。

\begin{align} x=\cos{(\pi/3)} \pm i\sin{(\pi/3)} = e^{\pm i (\pi/3)} \end{align}

以降、± は + だけを考え( - でも結果は同じ)、最初の2次方程式から \(x^2-x=-1\) なので、\(x^{2015}-x^{2014}\) を変形していくと、

\begin{align} x^{2015}-x^{2014} & = x^{2013}\,(x^2-x) \\ & = -x^{2013} \\ & = -(e^{(\pi/3)i})^{2013} \\ & = -e^{(2013/3)\pi i} \\ & = -e^{671\pi i} \\ & = -e^{(670\pi+\pi)i} \\ & = -e^{670\pi i} \cdot e^{\pi i} \end{align}

ここで、

\begin{align} e^{670\pi i} = e^{335(2\pi i)} = 1 \,,\quad e^{\pi i}=-1 \end{align}

したがって、

\begin{align} x^{2015}-x^{2014} = 1 \end{align}

となる。

さらに一般化すると、

\begin{align} x^2-x+1=0 \end{align}

ならば、自然数 \(n\) に対して

\[ x^{3n+2}-x^{3n+1} = \begin{cases} 1 & \cdot\cdot\cdot\,\, n\mbox{が奇数} \\ -1 & \cdot\cdot\cdot\,\, n\mbox{が偶数} \end{cases} \]

となる。

Date: 2023/4/22
Title: 「音楽する」は脳に効く? - 音楽と脳のすごい関係
Category: 脳科学
Keywords: 楽器、演奏、脳への影響


ちょっと前に買って最近読み終わった本だ。これは楽器を演奏する僕にとって、とても興味深い内容の本だ。それは、

『「音楽する」は脳に効く - 弾く・聴く・歌うで一生アタマは進化する』

という本で、音楽が脳にどのような影響を及ぼし、音楽をどう活かせるのかを、医師をはじめ、弁護士、音楽評論家、ピアニスト、ヴァイオリン製作者、広報・PRコンサルタントと、それぞれの専門家がさまざまな角度から解説した本だ。


音楽するは脳に効く"
「音楽する」は脳に効く

「楽器の演奏が脳に良い」とよくいわれているけど、その理由の多くは、「指を使うと脳の特定の部分の血流量が増えて、脳が活性化するから」というものだ。

確かに指を細かく動かすことは、脳への有効性が認められていて、リハビリなどにも応用されているようだけど、それは指を動かすことの有効性であり、音楽や楽器の演奏そのものに対するものではない。そして、現段階では楽器の演奏と脳の関係を、医学的なアプローチから行った研究はあまり多くないようだ。それは、人間の脳で実験や検証を行うわけにはいかないので、決定的なエビデンスの確立が難しい面があるからだという。


しかし、最近では、脳のモニタリングができるさまざまな機器が開発され、音楽と脳に関する研究が進んできて、新たな事実が見つかってきているようだ。

例えば、アメリカの科学ジャーナル『JNeurosci/The Journal of Neuroscience』に掲載された研究論文によると、楽器の種類、プロ/アマ問わず、楽器を演奏する人としない人の脳では、明らかに演奏する人の脳の方が、さらに楽器との付き合いが長い人ほど神経ネットワークの連携力が強く、さらに、絶対音感の有無とは関係がない、ということのようだ。つまり、

  • 楽器を演奏すると、誰でも神経ネットワークの連携力が上がる。
  • 長期間弾いている人ほど連携力は強くなる。
  • 絶対音感があるかどうかは神経ネットワークの連携には関係がない。

ということで、楽器を演奏すると脳が活性化するが、それには特別な才能は必要なく、長く続けることが肝要ということなのだ。


さらに言えば、僕たちは感覚的に「音楽する」は脳に効くことを知っている。それは、音楽には精神的・心理的に大きな作用があることを知っているからだ。なぜなら、それらを司っているのは「脳」だからだ。


それでは、楽器を演奏すると、脳の中ではどのようなことが起こっているのか?

よく知られているように、脳にはいろいろな機能を持った部位が局在している。例えば、見ることを司っている部位は「視覚野」、運動を司っているのは「運動野」、匂いを嗅ぎ分けるのは「嗅覚野」、味を理解するのは「味覚野」、記憶を司るのは「海馬」というように。さらに、言語に関しては「運動性言語中枢」、「聴覚性言語中枢」、「視覚性言語中枢」が存在することがわかっている。では、音楽を司る部位はあるのかというと、残念ながら「音楽野」という部位の存在は確認されていないようだ。

もちろん、音を聴く部位である「聴覚野」は存在する。音楽は音を感じることから始まるので、「聴覚野」が反応する。しかし、「聴覚野」はあくまで物理的な音として情報を処理しているだけなので、音楽として認識しているわけでない。

問題は、その先にあるようだ。

音楽を聴いたり、楽器を演奏したりすると、聴覚野だけでなく、脳のさまざまな部位に刺激が伝達され、脳全体が刺激され活性化されているのだ。 さらに、楽器を演奏すると、自分が弾いた音を拾って、瞬間的に次に弾く音を判断し、体に指令を出して指を動かす。これは運動野が刺激され、活性化されているということだ。これをぐるぐる回しているわけだから、楽器の演奏は想像以上に脳を使っていることになる。これに歌が加わると、言語野も刺激されて活性化されるというわけだ。


楽器の演奏が脳に効くということがわかってきたが、僕くらいの年齢になると(歳はヒ・ミ・ツ!)、脳の老化防止にも効くのかということが気になる。

脳の老化は感情から始まると言われているので、感情の老化を防ぐことこそが最大のポイントのようだ。そして感情を老けさせないために必要なこととして、

  • 10年後の自分のために第一歩を踏み出す。
  • ルーティーンを避ける。
  • ワクワク・ドキドキする。
  • 趣味を持つ。

ということが大切だそうだが、例えば趣味について言えば、音楽は脳を若く保つうえで非常に有効だという。


音楽には感情を揺さぶる力があり、さらに聴くだけでなく自分で楽器を演奏したり歌ったりすることは、間違いなく脳を刺激する強い武器になり得るからだ。その理由の一つが「アウトプット」作業だ。

脳は情報を出し入れしているが、「インプット」は情報を収集することなので「吸収」することだが、「アウトプット」はそれをもとに新しいことを再生産する「創造」することだ。楽器を演奏することは、楽譜通りに弾けるようになることの他に、テンポやタッチ、ニュアンスをどうするかなど微妙で繊細な表現は、想像力や創造性が求められるから、この負荷が脳には大きな刺激になるという(さらに作曲までやればさらに効果的なようだ)。


このように、音楽をすること(楽器の演奏や歌を歌うこと)は脳の老化防止に効果があるようだが、さらに「認知症」の予防にも効果が認められているそうだ。日本は「超高齢化社会」を迎えていて、誰もが認知症になる可能性があると言われているので、音楽をすることがその予防に効果があるのは、朗報と言える。

そのためには、音楽することを楽しみ、そして続けることが大切だと思う。僕もこの先、いくつになっても楽器の演奏を続けていきたい。


関連記事・論文はこちら。

MSNニュースの記事:

楽器を演奏する人としない人との「明らかな違い」とは? 「音楽」と「脳」のすごい関係

The Journal of Neuroscience に掲載された論文:

https://www.jneurosci.org/content/41/11/2496

Date: 2023/2/18
Title: 宇宙最初期の銀河が予想以上に多く見つかる。従来説見直しか?
Category: 宇宙
Keywords: 宇宙初期、銀河


ネットの記事を検索していたら、興味深い記事に出くわした。それは、

「宇宙最初期の銀河、発見が予想以上に 従来説見直しか」

という記事だ(元ネタはナショナルグラフィックの記事)。


2021年12月にNASAによって打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope、JWST:ハッブル宇宙望遠鏡の後継機)は、2022年8月頃(だったかな?)に初画像が公開されてから、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)とは比べ物にならない、息を呑むほどのクリアな宇宙の姿を僕らに見せてくれている。そして、その中には非常に遠方にある銀河の姿も含まれている。


光の速度は有限なので(真空中の光の速度は秒速30万kmほどだ)、星や銀河から放たれた光が地球に届くまでには時間がかかる。つまり、僕らは星や銀河の過去の姿を見ていることになる。例えば、太陽は地球から1億5000万km離れているので、8分20秒ほど前の太陽の姿を見ていることになるし、アンドロメダ銀河(M31)は地球から約250万光年の距離にあるので、約250万年前の姿を見ていることになる。さらに約130億光年 [1] という非常に遠方にある銀河は宇宙初期に形成されたもので、このような銀河がいくつか見つかっている。


地球から非常に遠方にある天体までの距離を測る方法として、赤方偏移(宇宙論的赤方偏移)を利用する方法がある。これは、非常に遠方にある天体から放たれた光が地球に届くまでの間に、宇宙が膨張しているため、光の波長が引き伸ばされるためだ(光の波長が長い方、つまり赤い方にずれるので、赤方偏移というのだ)。そして赤方偏移の大きさは、波長のずれの大きさを示す赤方偏移パラメータ \(z\) によって表される [2]。この \(z\) の値が大きいほど、その天体は遠くにあることになる。


これまでの観測で最も遠い距離にある銀河は、2016年にNASAによって発表された、おおぐま座の方向にある高赤方偏移銀河 GN-z11 だった。赤方偏移パラメータは \(z=10.957\)(GN-z11のz11はこの赤方偏移パラメータ \(z=11\) に由来している) で、光行距離(見かけの距離)は134億光年(実際の距離は320億光年)という、途方もない距離にある銀河だ。これはビッグバン後4億年ほど経ったころに形成された銀河ということになる。これはハッブル宇宙望遠鏡によって観測されたものだ。


その後、2022年に HD1 と呼ばれる \(z=13.27\) のさらに遠い銀河候補の天体が発見されている。この天体までの光行距離は約135億光年(実際の距離は約334億光年)で、ビッグバン後3億年ほどたった頃に誕生した天体ということになる。いずれにしても、ビッグバン後数億年以内に誕生している。


そして、JWSTが本格稼働して半年ほど経った今、JWSTの観測データに基づいて、とてつもなく遠方にある銀河に関する研究結果が出てきているようだ。


まずは、英ハートフォードシャー大学の天体物理学者エマ・カーティス=レイク氏率いるJWSTの深宇宙観測プログラム「JWST Advanced Deep Extragalactic Survey: JADES」の科学者たちは、ビッグバンから3〜4億年しか経っていない4つの銀河までの距離を確認した。そのうち2つは赤方偏移が \(z=12.6\) および \(13.2\) であったという。これらの銀河は、星の中心で進んでいる核融合による元素合成によって作られる重元素が大量に作られる以前に誕生した銀河で、大部分が水素やヘリウムなどの軽元素からできていると考えられる。


さらにJWSTのもう一つの初期銀河観測プログラム「Cosmic Evolution Early Release Science: CEERS」の天文学者たちも、調査中の銀河の中に、赤方偏移が \(z=16\) と推定される、とてつもなく遠いものがある可能性があるという。


その他にも、JWSTの初期画像から大きな赤方偏移の銀河の候補が次々と見つかっていて、中には赤方偏移が \(z=11 \sim 20\) の銀河を87個も発見したと主張している研究チームもあるようだ。


これらJWSTによる観測で見つかった銀河の中には、分光観測による確認を待っているものもあるようだが、赤方偏移が正しく推定できているならば、初期宇宙では、これまで考えられていたよりも早い時期から、銀河が速いペースで形成されていなければならず、星形成の理論を見直す必要が出てくる。何かがおかしいようだ。これは今後の研究で明らかになってくるのだろう。現時点で言えるのは、「初期宇宙には予想以上に多くの星があった」ということのようだ。


関連記事・論文はこちら。

日経電子版の記事:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD311NI0R30C23A1000000/

ナショナルジオグラフィック(電子版)の記事:

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/012800046/


[1] これは「光行距離」というもので、天体を出発した光が地球に届くのにかかった時間と光の速度を掛けたもので、その天体までの距離とみなしたものだ。光が通過してきた領域は、宇宙の膨張によって引き伸ばされているので、現時点での天体までの距離とは異なる。


[2] 宇宙論的赤方偏移パラメータ \(z\) の定義 実験室系での静止波長 \(\lambda_0\) のスペクトル線の波長が \(\lambda_{\rm obs}\) として観測された場合、その波長の伸びを \(\Delta\lambda\) とすると、赤方偏移パラメータ \(z\) は次のように表される。

\begin{align} z=\frac{\Delta \lambda}{\lambda_0}=\frac{\lambda_{\rm obs}}{\lambda_0}-1 \end{align}

ちなみに、現在知られている最大の赤方偏移は宇宙背景放射で、\(z=1089\) という値だ(光行距離で約138億光年)だ。これは宇宙誕生時の高温の熱放射が、ビッグバン後の急激な宇宙の膨張によって波長が1090倍に引き伸ばされたことを示している。

Date: 2023/1/19
Title: 影響力のある物理学論文の共著者になったネコ - その名は F.D.C.ウィラード
Category: 科学一般
Keywords: 物理学論文、共著者、ネコ、F.D.C.ウィラード


ちょっと前に面白い記事を見つけて、ここ何日か関連記事をいくつか読んでいる(記事自体は2014年から2016年にかけて書かれたものだが)。その記事とは、「影響力のある物理学論文の共著者になったをネコ」に関する記事だ。


物理の論文自体はもっと古く、1975年11月24日にアメリカ物理学会によって発行された学術誌 "Physical Review Letters" の第35版に掲載されたものだ(Physical Review は世界で最も権威ある物理学の学術誌である)。

論文のタイトルは "Two-, Three-, and Four-Atom Exchange Effects in bcc 3He(bcc 3He の 2、3、および 4 原子交換効果)" というもので、これは bcc(体心立方格子構造)の固体 3He の格子点に存在する原子同士の交換により核スピンの磁気的相互作用の理論的計算を行い、その結果、2種類の反強磁性相を見つけたという内容の論文のようだ(Abstractを読む限り)。

僕は低温物理学の専門家ではないので、専門的な話はこれ位にして、物理の論文の共著者になったネコの話に移ろう。


ことの発端は、以下のようなものだ。

Physical Review Letters に発表された件の論文の著者は、 J. H. Hetherington と F. D. C. Willard の二人ということになっている。そのうちのヘザリントンは米国ミシガン州立大学の教授だが、もう一人の著者F.D.C.ウィラードは実はヘザリントンが飼っているネコだったのだ。


なぜそのようなことになったのか?

ヘザリントンは論文を投稿する前に同僚に論文を読んでもらうように頼んだが、同僚から次のような指摘を受けた。論文の著者は彼一人なのに、論文全体にわたって「"we"(私たちは)」や「"our"(私たちの)」と、一人称複数形を使っていたのだ。これは "royal we"(所謂「尊厳の複数」(*))というもので、Physical Review Letters には著者が一人の場合、一人称複数形を用いないという原則が定められていたのだ。


彼は「一晩考えた」後、この論文は非常に優れているため、早く発行する必要があると判断し、問題の論文を修正する代わりに、著者をもう一人追加することにした。というのも、1975年当時、論文全体がタイプライターで作成されていたので、ワープロソフトが普及している現在のように簡単に”検索”と”置換”をすることができなかったのだ。そのもう一人の著者が、彼が飼っていたシャム猫の「Chester(チェスター)」だったのだ。ただ、「チェスター」をそのまま共著者としてリストに加えるだけではうまくいかないと考えた彼は、「F. D. C. Willard」という名前を発明した。「F.D.C.」は「Felix Domesticus, Chester」の略(Felix Domesticusはイエネコを表す猫の種名、Chesterはネコの名前)、「Willard」は猫のチェスターの父親の名前だった。


ヘザリントンは別の人間を著者として追加したくない理由を次のように述べているようだ。科学者は発行する論文の数によって部分的に報酬を支払われる。論文が別の著者によって共有されると、その論文が評判に及ぼす影響がいくらか薄まる。一方で、宣伝効果も完全に無視したわけではないようだ。論文が最終的に正しいことが判明した場合、風変わりな著者が知られれば、そのことが人々の記憶に残っているだろう。


こうして、ネコの共著者「F.D.C.ウィラード」は誕生した。しかし、秘密がバレるのに時間はかからなかった。というのは、大学への訪問者が論文の著者に話を聞きにきた時、たまたまヘザリントンは不在で、ウィラードと話をするように頼まれた時だったようだ。そして、ウィラードが実際はネコだったことを知り、みんな大笑いしたという。


その後、ヘザリントンはさらにジョークに身を乗り出し、論文に自分の署名と共にウィラードの足跡をつけたものを発行さえした。彼は物理学者仲間が猫の共著者をどのように受け入れるのかについては、あまり心配はしていなかった。さらに、彼はウィラードを大学の「げっ歯類捕食コンサルタント」と表現し始めた。


FDC_Willard
F. D. C. Willardの署名 [Wikipediaより]

では、大学関係者はどう思っていたのか?

どうやら、物理学のマスコットとしての猫というアイデアを気に入ったようで、ミシガン大学の物理学科長のトルーマン・ウッドラフはヘザリントンに手紙を書いて、ウィラードを物理学科にフルタイムで参加できるか説得できるかと尋ねたそうだ。手紙の一部は、「ウィラードが客員特別教授としてのみであったとしても、実際に私たちに加わるよう説得された場合、みんなが歓喜することを想像できますか?」と書かれていたという。

ウィラードが実際に大学に雇用されたかどうかははっきりしないが、ヘザリントンが彼の論文の一人称複数形の問題に対するユーモラスな解決策は、多くの科学者から高く評価されていたようだ。ただし、例外がある。ヘザリントンによると、ジャーナルの編集者はこのジョークを面白くないと思ったという。


その後、ウィラードは1980年にも 3He固体の反強磁性特性に関する論文「L’hélium 3 solide. Un antiferromagnétique nucléaire」を発表したが、今回は唯一の著者としてクレジットされている。しかもすべてフランス語で書かれており、フランスの著名な科学雑誌 "La Recherche(ラ・ルシェルシェ)" に掲載された。実際にはこの論文は、ヘザリントンを含むフランスとアメリカの研究者たちによって書かれたものだが、内容の一部に意見の不一致があったため、ヘザリントンの提案でF.D.C.ウィラードを唯一の著者にしたようだ。


残念ながら、ネコのF.D.C.ウィラードことチェスターくんは1982年に死んでしまったが、彼が”共同執筆”した論文は、かなりの影響力を持ち、他の論文でもしばしば引用されてきたので、彼の名前は科学の世界で生き続けたのだ。


最後に、F.D.C.ウィラードの貢献を称え、アメリカ物理学会(APS)は2014年に次のように宣言した。「…、本日発効した新しいポリシーにより、猫が執筆したすべての論文が自由に利用できるようになります。…、近い将来、イヌの著者による出版を許可することを検討したいと考えています。シュレーディンガー以来、物理学には猫にとってこのような機会はありませんでした。」

この宣言を発表した日はいつだって?

4月1日だ。


関連記事・論文はこちら。

Physical Review Letters に掲載された論文:

https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.35.1442

APSのオープン・アクセス・イニシアチブ:

https://journals.aps.org/2014/04/01/aps-announces-a-new-open-access-initiative

Science に掲載された記事:

https://www.science.org/content/article/cat-co-authored-influential-physics-paper

Atlas Obscura の記事:

https://www.atlasobscura.com/articles/in-1975-a-cat-coauthored-a-physics-paper

Today I Found の記事:

http://www.todayifoundout.com/index.php/2015/07/life-work-f-d-c-willard/

Now I Know の記事:

https://nowiknow.com/the-secret-life-of-f-d-c-willard/


* 尊厳の複数とは、ヨーロッパでは国王などの高位身分にある者が自らを指す場合に代名詞として一人称単数でなく一人称複数を用いることをいう。このような高位の身分にある人は、個人の立場ではなく国民のリーダーとして公的な場で発言する場合、自分のことを一人称複数で呼ぶ場合がある。


[追記]

論文が発表された当時は、このような寛容でユーモラスな対応ができたが、オーサーシップ(研究に多大な知的貢献をした個人を著者として認定される)の基準が定められている現在は、このような対応は難しい。F. D. C. Willard は実際は猫なので、論文の著者としては認められない。

なんか、寛容さがなくなって世知辛い世の中になったなぁ。

オーサーシップに関する基準はこちらを参照してください。

https://www.elsevier.com/__data/promis_misc/RESINV_Quick_guide_AUTH02_JPN_2015.pdf