かがくのつまみ食い 2018

サイエンス関連のトピックスを集めてみました。このページは2018年に書いたトピックスです。

 

Date: 2018/11/15
Title: 古代エジプトの青が建物を日光の熱から守る
Category: 化学
Keywords: 人工色素、エジプシャンブルー、蛍光、表面温度


古代エジプト人が作り出した人類最古の人工色素とも言われる「エジプシャンブルー [1] 」。この青い色素が最新の研究で現代社会でも大いに役立つと期待されることがわかったという。

研究を行なったのは米ローレンス・バークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)の研究チームで、それによると、これまでの研究でエジプシャンブルーは可視光を吸収すると、近赤外光を放出することが分かっていたが、今回の研究でエジプシャンブルーに光を当てたときに発せられる蛍光 [2] は、従来考えられていたよりも10倍も強いことが分かったという。

物体に光を当てたとき、物体の表面温度は色によって上がり方が異なる。白い色は光を反射するので温度は上がりにくく、逆に黒い色は光を吸収するので温度が上がりやすいことはよく知られている。研究チームは、エジプシャンブルーを塗ったサンプルを日光に当ててその後の温度を計測して、放出される光子(光の粒子)の量を計算した。その結果、蛍光青は吸収した光子とほぼ同量の光子を放出し、光子の放出過程のエネルギー効率は最大で 70%(赤外光の光子のエネルギーは可視光の光子のエネルギーより小さい)であることが分かったという。

さらに、比較のために他の色で塗ったサンプル(計5色)にも光を当てて温度を計測した結果、白が最も温度が上がりにくく(温度上昇 8℃)、黒が最も温度が上がり(温度上昇 37℃)、エジプシャンブルーはその中間(温度上昇 20℃)であった(まぁ、これは当然予想される結果だ)。


日光に当てたときの温度上昇 [Credit: Berkeley Lab]
このことは、日差しの強い気候の中で、どの色が建物の温度上昇を防ぐのに効果的かについての新たな知見をもたらした。白色は光を反射するので、建物を涼しく保つためには、最もありふれていて効果的な選択だ。しかし、建物のオーナーは、美観という理由から白以外の色を要求することがある。そのような場合は、どの色が有効なのか?
バークレー研の研究者たちはすでに、白色の代替として蛍光ルビーレッドが効果的だとぃうことを明らかにしていたが、今回エジプシャンブルーがメニューに加わった。

ところで、エジプシャンブルーには建物を涼しく保つ可能性があることに加えて、もう一つの用途が考えられる。それは、太陽光発電への利用だ。これまでの研究でエジプシャンブルーは可視光を吸収して近赤外線を放出することが分かっている。エジプシャンブルーを窓に塗っておけば、窓枠の太陽電池パネルが窓から放出される近赤外光の蛍光を電気エネルギーに変換されるというわけだ。

今回の研究の結果から、エジプシャンブルーが含まれた塗料を建物の屋上や外壁に塗れば、夏の強い日差しを浴びても建物の温度が上がりにくくなって、エアコンの使用を減らせるかもしれない。しかも、窓に塗れば電力まで生み出すかもしれない。そんな期待を研究チームは抱いているようだ。古代エジプト人が作り出した青い色素エジプシャンブルーは、数千年の時を経て、地球温暖化対策としてひと役買うかもしれない。

関連記事はこちら。
Newsweek(電子版):
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/11/post-11250.php
ローレンス・バークレー国立研究所の記事:
https://newscenter.lbl.gov/2018/10/09/ancient-pigment-can-boost-energy-efficiency/


[1] エジプシャンブルーの主成分はケイ酸銅カルシウム(CaCuSi4O10)で、古代エジプトでは神々や王族を描くのに使われ、古代ローマ人はこの色をカエルレウムと呼んだ。
[2] 物体に光(例えば紫外線や可視光)を照射して光のエネルギーを吸収すると、電子が励起されて基底状態から高いエネルギー準位に移り不安定な状態(励起状態)となる。その後元の基底状態に戻るときに余分なエネルギーを電磁波として放出する。この放出される電磁波を蛍光という。

Date: 2018/10/20
Title: ゴジラがNASAの研究チームによって”星座”に認定された
Category: 宇宙
Keywords: ゴジラ、星座、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡、ガンマ線天体


仕事帰りに電車の中でスマホでニュースをチェックしていたら、面白い記事を見つけた。それは、ゴジラがNASAの研究チームによって星座に認定されたというニュースだ。日本の怪獣が星座に認定されたのは史上初だという(まぁ、これはそうだろうなぁ)。

認定したのは、米航空宇宙局(NASA)と世界の多くの研究機関が参加している「フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(Fermi Gamma-ray Space Telescope)」研究チームで、この望遠鏡を搭載した天文衛星の打ち上げ10周年と、人間の肉眼で見える星の数に匹敵する3000以上のガンマ線天体を発見したことを記念して新たに作成されたもので、「ガンマ線天体を線で結んだ21星座」のひとつとして「ゴジラ(Godzilla)」が認定されたのだそうだ。ゴジラの他にも「超人ハルク」や「エッフェル塔」、スタートレックの「エンタープライズ号」、アポロ宇宙船を打ち上げた「サターンV型ロケット」、「シュレーディンガーの猫(が入っている箱かな?)」、「星の王子さま」、それから「アインシュタイン」、さらに日本に関係するものとして「富士山」も含まれている。


ガンマ線天体を結んだ星座
[Credit: NASA/Goddard Space Flight Center]
ちなみに、これら21の星座はNASAによる”非公式”の星座で、僕らがよく知っている「カシオペア座」や「オリオン座」などの”公式”の88の星座は、国際天文学連合(International Astronomical Union: IAU)によって定められているのだ。

ところで、ガンマ線天体とはどんな天体なのか、少しおさらいしておこう。

まずは、ガンマ線について。
ガンマ線(γ 線)は光(電磁波)の一種で、波長がおよそ 10 pm より短いものを指す。電磁波は波長が長いものから電波(波長 > 100 μm)、赤外線(波長 800 nm ~ 100 μm)、可視光(波長 400~800 nm)、紫外線(波長 10~400 nm)、X線(波長 10 pm ~ 10 nm)、ガンマ線に分けられるが、X線とガンマ線は波長領域(エネルギー領域)が一部重なっている [1] 。これはX線とガンマ線は発生機構によって区別するからだ(ただし、発生機構による違いを明確に区別しない場合もある)。また、波長が短いということは、言い換えれば、光子1個あたりのエネルギーが高いということだ。X線とガンマ線は放射線の一種でもある。

宇宙にはガンマ線を発している天体が数多く発見されていて、代表的なガンマ線源として超新星残骸(恒星が超新星爆発を起こした後に残される構造)やパルサー(パルス上の電磁波を放射する天体の総称)、活動銀河核(銀河の中心のごくわずかな領域からエネルギーの大半を放出している天体)、それから超大質量ブラックホールやガンマ線バーストなどがあげられる。

ガンマ線バーストというのは、数秒から数時間にわたってガンマ線が閃光のように放出され、そのあと数日間にわたってX線の残光が見られる現象で、宇宙で最もエネルギーの高い放射の一つだ(太陽が100億年に放出するエネルギーを上回るとされている)。この現象は天球上のランダムな位置で発生していて、1日に数回発生しているといわれている。ガンマ線バーストは1967年にアメリカの核実験監視衛星によって初めて観測され、それ以降精力的に研究が続けられてきたが、バーストの発生機構についてははっきりとしたことは分かっておらず、色々な説があるようだ。というのもこれまで観測されたガンマ線バーストは我々の銀河系から遠く離れた距離(数十億光年ほど)にあり、地球大気はガンマ線を吸収してしまうため、地上での観測は難しく、ガンマ線観測衛星が打ち上げられるようになった1990年代以降、観測が進展してきたということもある。現在では、ガンマ線バースト源として、極超新星といわれる通常の超新星の10倍以上の爆発エネルギーを持つ超新星が有力視されているようだ。

今回、ゴジラが選ばれたのも、ブラックホールや中性子星に関連するガンマ線ジェットが、ゴジラが発する熱線放射に似ているからだ。

関連記事・サイトはこちら。
NASAの記事:
https://www.nasa.gov/feature/goddard/2018/nasa-s-fermi-mission-energizes-the-sky-with-gamma-ray-constellations
画像のダウンロード:
https://svs.gsfc.nasa.gov/13097


[1] 1 μm(マイクロメートル)は 10-6 m = 100万分の1 m、1 nm(ナノメートル)は10-9 m = 10億分の1 m、1 pm(ピコメートル)は
10-12 m = 1兆分の1 m。

Date: 2018/09/08
Title: ママはネアンデルタール人、パパはデニソワ人
Category: 古人類
Keywords: ヒト族、ネアンデルタール人、デニソワ人、交雑、子ども


2012年、シベルア・アルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で、今から約9万年前に13歳前後で死亡した少女の骨の一部が発見された。この骨のDNAを分析したところ、驚くべき事実が判明した。それは、この10代の少女の母親はネアンデルタール人、父親はデニソワ人だということだ。これは、我々現生人類(ホモ・サピエンス)を含むヒト属(ホモ属)のうち、2種のヒト属の交雑から生まれた子どもの決定的な証拠が初めて見つかったということなのだ。発見者したのはドイツにあるマックス・プランク進化人類学研究所の古遺伝学者ビビアン・スロン氏だが、彼女も当初はこの分析結果が信じられなかったという。


デニソワ洞窟で発見された少女の骨の断片
[マックス・プランク進化人類学研究所のWebサイトより
© T. Higham, University of Oxford]
今から30万年前から数万年前、ヒト属は現生人類の他に、ネアンデルタール人やデニソワ人などがいた。そして、それらの種類の異なるヒト属の間で交雑が行われていたと、多くの科学者は考えている。それは、古代人や現代人のヒトゲノムの中に、ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子の痕跡が見つかっているからだ。そして今回、交雑の第一世代の子どもの骨片が見つかったのだ。

ところで、そもそもネアンデルタール人とデニソワ人とはどんなヒトたちだったのか?

まず、ネアンデルタール人について。
現生人類以外のヒト属の中で、ネアンデルタール人はよく知られている種族だ。ネアンデルタール人の化石は1829年にベルギーで初めて見つかった。それ以降、あちこちで彼らの化石が見つかり、様々な研究がなされてきた。彼らは約30万年前頃に出現し、2万数千年前に絶滅したヒト属で、ヨーロッパを中心に西アジアから中央アジアにかけて分布し、旧石器時代の石器の製作技術をもち、火も使っていたという。当初は、誤解や偏見によって、知能が低く、野蛮で獣のような人種という見方が広まったが、ネアンデルタール人の骨格が発掘された周辺の土から花の花粉や花弁が含まれていたこともあることから、彼らは仲間の遺体に花を添えて埋葬したという説を唱えている研究者もいる(ただし、これには異論もあり、現時点でははっきりとした結論は出されていないようだ)。

そして、2010年には約4万年前のネアンデルタール人の骨の化石のDNA解析の結果、現生人類のゲノムの数%がネアンデルタール人に由来するものだと確認された。比較した人類のゲノム配列から、現生人類はおそらくアフリカを出た直後からネアンデルタール人と交雑を始め、ネアンデルタール人の遺伝子を受け継いだ現生人類がユーラシア大陸に広がっていったと考えられている。

また、ネアンデルタール人の化石に付着していた歯石の分析から、彼らは薬用植物の持つ抗炎症作用や鎮痛作用を知っていて、自己治療を行なっていたと考えられている。さらには、歯石に含まれていた細菌(これは歯周病を引き起こす細菌で、唾液の交換によって人から人に伝えられる)のDNA解析の結果から、現生人類とネアンデルタール人は唾液の交換を伴う接触をしていた(例えば、食べ物を分け合ったりするなど)ことが示唆されていて、このことは現生人類とネアンデルタール人は仲良く暮らしていた根拠の一つと考えられている。これらのことは、ネアンデルタール人が原始的で凶暴で、現生人類とネアンデルタール人の交雑が暴力的に行われたという従来の考えを覆すことにもなり、ネアンデルタール人に対する見方もだんだん変わってきているようだ。

次にデニソワ人についてだが、発見されたのは2010年でつい最近のことだ。発見場所は今回の発見と同じシベルア・アルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で、見つかった小指の骨と親知らずの歯のDNA解析で、骨と歯の持ち主は新種のヒト属と断定された。そして、見つかった洞窟の名にちなんで「デニソワ人」と名付けられたのだ。

その後の研究で、デニソワ人とネアンデルタール人は近縁の種で、約39万年前に共通の祖先から枝分かれしたことが分かったという。そして、デニソワ人はネアンデルタール人が絶滅への道を辿りはじめた4万年前頃までは生きていたようだ。

しかし、何分にもデニソワ人の化石があまりにも少ないため(今のことろ、4人のデニソワ人の3本の歯と1本の小指の骨、たったそれだけしか手掛かりがない)、彼らはどんな人だったのか、彼らの外見も、どの位の人数がいたのか、生息していたのはデニソワ洞窟だけなのか、などなど、彼らに関することはほとんどわかっていないのが実情だ。

そして、今回発見されたネアンデルタール人とデニソワ人を両親にもつ少女の骨の一部だ。この骨片からどうやって両親を割り出したのか?

発見者であるスロン氏は、まず骨片のミトコンドリアDNAを解析した。ミトコンドリアDNAは母親からのみ受け継がれるので、母親が誰であるかがわかるのだ。この結果はすでに2016年に「ネイチャー」に発表されていて、この骨の主はネアンデルタール人を母親にもつヒト属のものであることがわかっている。

次に父親は誰かだが、ミトコンドリアDNAだけでは父親は何処の馬の骨かはわからない。そこでスロン氏は核DNAを解析した。核DNAは母親と父親の両方から受け継がれるため、父系もたどることができるのだ。核DNAのゲノム配列を、3つのヒト属 ― ネアンデルタール人、デニソワ人(どちらもデニソワ洞窟で発見された)、そして現代のアフリカ人 ― のDNAと比較した結果、DNA断片の約 40% がネアンデルタール人のDNAと一致し、他の 40% はデニソワ人のDNAと一致したという。そして、性染色体の配列から、研究者たちは骨の断片は女性のもので、骨の厚さからこの女性は少なくとも13歳であったことを見出したのだ。

さらに研究者たちは、ゲノムの中でネアンデルタール人とデニソワ人とで遺伝的特徴の異なる部分を、少女のDNAの断片と比較した。その結果、40% 以上のケースで彼女のDNAはネアンデルタール人のゲノムと一致していた。その一方で、その他の部分はデニソワ人のそれと一致していた。このことは、彼女はネアンデルタール人から一対の染色体を、もう一対はデニソワ人から受け継いだということを示しているのだ。つまりこの少女はネアンデルタール人とデニソワ人という二人の異なるヒト属の両親の間に生まれた子供なのだ。

そしてこの少女は、英オックスフォード大学の研究者らによって「デニー(Denny)」という愛称がつけられている。もし、この少女が現代に蘇ったとしたら、こんな風に自己紹介するかもしれない。

「私の名前はデニー。13歳の女の子で、ママはネアンデルタール人、パパはデニソワ人のハーフよ。よろしくね!」

今回の研究を含むこれまでの研究が示していることは、古代のヒト属の間では、これまで考えられていたことよりはるかに頻繁に異種間で交雑が行われていた可能性が高く、それほど珍しいことではなかったかもしれないというこだ。このことは、今日のほとんどのヨーロッパ人とアジア人のDNAの 2~4% ほどがネアンデルタール人由来ものであることが物語っている。さらに、今回混血個体の骨が見つかったデニソワ洞窟だけでなく、2015年にはルーマニアの洞窟からは、わずか4~6世代前にネアンデルタール人の祖先がいた3万7000年~4万2000年前の現生人類の骨が見つかっている。このような洞窟は異なる種のヒト属が出会う、さしずめ”婚活パーティー会場”のようなものだったのだろうか? まぁ、これは冗談だとしても、洞窟は異なる種のヒト属が集まったり、暮らしていた場所だったのかもしれない。

デニソワ人はいつ頃地球上から姿を消したのかは判然としないが、ヨーロッパからアジアにかけて広く分布していたネアンデルタール人が、なぜ数万年前に姿を消したのかという疑問について、これまで様々な議論が繰り広げられてきた。そして、ネアンデルタール人絶滅の原因として、病気や気候変動、現生人類による集団虐殺などが挙げられてきた。

しかし、ヒト属は頻繁に異種間で交雑していた可能性が高いことを考えあわせると、ネアンデルタール人とデニソワ人は絶滅したのではなく、交雑を繰り返すうちに、数の上で勝る現生人類に吸収されていったのではないだろうか?

関連記事はこちら。
ナショナルジオグラフィックの記事:
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/082400372/
AFPBB Newsの記事:
http://www.afpbb.com/articles/-/3186981
Natureの記事:
https://www.nature.com/articles/d41586-018-06004-0
オックスフォード大学の記事:
http://www.arch.ox.ac.uk/reader/items/discovering-the-daughter-of-a-neandertal-and-a-denisovan-the-worlds-first-human-hybrid.html
マックス・プランク進化人類学研究所の記事:
https://www.mpg.de/12208106/neandertals-denisovans-daughter

Date: 2018/08/25
Title: 相対性理論の予言の一つを初確認 ― やっぱりアインシュタインは正しかった!
Category: 物理
Keywords: アインシュタイン、一般相対性理論、予言、重力赤方偏移、初確認


ネットのニュースをチェックしていたら、興味深い記事を見つけた。それは、
『「アインシュタインは正しかった」 相対性理論の予言の一つを初確認』
という記事だ。

アインシュタインの一般相対性理論の予言の一つに、大きな重力によって光の波長が長くなるというものがある。この現象は重力による光の重力赤方偏移と呼んでいるものだ。 その前に、光の赤方偏移についておさらいしておこう。

まず第1に光のドップラー効果がある。
ドップラー効果は、音波に関しては、例えば、近づいてくる救急車のサイレンの音は高くなっているが、救急車が目の前を通過して遠ざかっていくとサイレンの音が低くなる。これは誰もがよく経験している現象だ。光に関しても同じような現象が観測され、天体が地球から遠ざかる運動をしているとき、光の波長が長くなる現象だ。このとき光のスペクトルが赤い方向にずれるので、赤方偏移と呼ばれている。逆に天体が地球に対して近づいているときは、光の波長が短くなるので青方偏移と呼ばれている。

第2に宇宙論的赤方偏移という現象がある。
これは宇宙が膨張しているため、例えば遠くの銀河から出た光が、宇宙空間を伝播して地球に届くまでの間に、空間自体が伸びて波長が引き伸ばされて観測されるためだ。赤方偏移はほとんど全ての銀河に見られ、赤方偏移の量は遠方にある銀河ほど大きい(これは遠方の銀河ほど後退速度が大きいことを意味している)。この現象は1929年に米国の天文学者エドウィン・ハッブル(Edwin Powell Hubble, 1889-1953)によって発見されたので、「ハッブルの法則」と呼ばれている。ちなみに、ハッブルはこの功績によって1953年のノーベル物理学賞の候補に挙がっていたようだが、ノーベル賞発表前に他界したため受賞は幻となった(ノーベル賞は生きている人にしか与えられないのだ)。

宇宙論的赤方偏移のもう一つの例として「宇宙背景放射」がある。現在の宇宙では、宇宙のあらゆる方向からやってくるマイクロ波が観測され、これは絶対温度で約 3 K(2.7 K)の黒体放射に相当する放射だ。この放射は1964年に米国のベル研究所でマイクロ波通信の研究を行なっていたペンジアス(Arno Allan Penzias, 1933- )とウィルソン(Robert Woodrow Wilson, 1936- )によって、アンテナによる雑音低減の研究中に偶然発見されたものだ(ペンジャスとウィルソンはこの発見によって、1978年にノーベル物理学賞を受賞している)。宇宙が誕生したとき、宇宙は超高温のプラズマ状態だったが、ビッグバン後の宇宙の急激な膨張によって宇宙の温度が下がっていき、ビッグバン後38万年後には宇宙の温度は約 3000 K にまで下がって陽子が電子と結合して水素原子が作られるようになると、光はまっすぐ進むことができるようになった。これが「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれるものだ。宇宙背景放射は約138億年前のこの時に発せられた光の名残で、宇宙の膨張によって波長が引き伸ばされて極端な赤方偏移が起こり、現在マイクロ波として観測されているものだ。この赤方偏移は現在知られているもののうち最大のものだ。

そして第3の赤方偏移が今回話題にしている「重力赤方偏移」だ。これは強い重力場を持つ天体からの光が、重力ポテンシャルから脱出する際にエネルギーを失って赤方偏移を受ける現象だ。これは一般相対性理論によってこの現象が起こることが導き出されていたのだ。

そこで今回の話だが、ドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所(Max Planck Institute for Extraterrestrial Physics: MPE)が主導する国際研究共同体の研究者らによると、我々の銀河系(天の川銀河)の中心にあるブラックホール「いて座A*(Sagittarius A*、略号:Sgr A*)」が、アインシュタインの一般相対性理論の検証するための「実験室」として使えるという。


天の川銀河の中心にあるブラックホールの近傍を通過する
恒星S2の重力赤方偏移の想像図 [© ESO/M. Kornmesser]
いて座A*は天の川銀河の中心にある明るいコンパクトな電波源だが、地球から26,000光年の距離にあるその場所には太陽の400万倍の質量を持つ超大質量のブラックホールがあると考えられている。そしてその周りを小さなグループの恒星が高速で回っている。そこは我々の銀河系の中で最も強い重力場があるという極端な環境の場所で、アインシュタインの一般相対性理論の検証には完璧な場所だという。

そこで研究チームは、2018年5月にブラックホールの近くを通過した「S2」と呼ばれる恒星をさまざまな観測機器を用いて追跡観測し、これまでにない精度でこの星の位置と速度を測定した。最も近づいたポイントでは、この星はブラックホールから 200億 km 未満の距離まで近づき、その移動速度は時速 2500万 km(光の速度の 3%)を超える速度に達していた。測定の結果、超大質量のブラックホールの強い重力場によって、この星のからの光の波長が引き延ばされて重力赤方偏移を起こしていることが明らかになった。そしてS2からの光の波長のずれは、アインシュタインの一般相対性理論による予測と正確に一致していた。

超大質量ブラックホールの周りを回っている星の運動において、ニュートンの重力理論による予想からの偏差が観測されたのはこれが初めてだという。そして、このS2の観測の結果は、理想的なブラックホール実験室となりうることを示しているという。

つまり、今回の結果からも、「やっぱりアインシュタインは正しかった」ということが証明されたのだ。

関連記事はこちら。
AFPBB News:
http://www.afpbb.com/articles/-/3183982?cx_part=outbrain
マックス・プランク地球外物理学研究所の記事:
http://www.mpe.mpg.de/6930756/news20180726

Date: 2018/08/12
Title: プラネット・ナイン 実在説に新証拠か?
Category: 宇宙
Keywords: 太陽系、第9惑星、実在説、新証拠、太陽系外縁天体


2006年にチェコのプラハで開かれた国際天文学連合 (International Astronomical Union: IAU) 総会で惑星の定義が決定され、その結果冥王星は惑星から準惑星に「格下げ」され、太陽系の惑星は9個から8個に減ってしまっていた。

それから10年経った2年前、米カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology: Caltech)の研究者たちが、冥王星の外側に質量が地球の10倍ほどもある謎の天体があることを示唆する証拠を発見した。しかしこれは、太陽系外縁天体(trans-Neptunian objects: TNO = 海王星の軌道の外側を回る天体の総称)と呼ばれるいくつかの天体の動きから、それら天体群の軌道に重力の影響を及ぼしている惑星サイズの天体が存在する可能性があるというものだった。


第9惑星の想像図
[Image Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC)]
そして今回、異常な軌道を描くもう一つの天体が発見されたという報告がなされたようだ。その天体とは「2015BP519」と呼ばれる天体で、宇宙の膨張を加速させている謎の力を解明する「ダークエネルギー探査(DES)」のデータベースを基にして発見されたものだ。研究者によると、この天体は「小さなゴツゴツした物体」で、楕円軌道を描き、太陽系の惑星と比べると軌道がかなり傾斜しているという。

当初のコンピューターシミュレーションでは、2015BP519の軌道の傾斜の説明がつけられなかったが、2016年のCaltechの研究者たちが予想した特性を持つ第9惑星の存在を仮定したところ、軌道の矛盾が解消されたという。

しかし、これに対して、軌道傾斜は別のシナリオでも説明がつくという異論もあるようだ。例えば、次のようなシナリオだ。
(1) 北アイルランドにあるクイーンズ大学ベルファスト(The Queen's University Belfast)の天文学者によれば、初期の太陽系には約1万個の準惑星が存在したことを考慮すれば、その引力で十分に軌道の傾斜は起こりうる。
(2) 同大学の別の研究者によれば、太陽系と別の天体が過去にすれ違っていれば、遠方のTNOに何らかの乱れが生じる可能性がある。
などなど。

いずれにしても、現段階では第9惑星はまだ理論的に存在が予想されているだけで、その天体が直接観測されているわけではないので、その存在が明らかになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。今後の研究に期待しよう。

関連記事はこちら。
Newsweek(電子版)の記事:
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/9-14.php
ナショナルジオグラフィックの記事:
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/012100021/
NASAの「Planet-X」に関する記事:
https://solarsystem.nasa.gov/planets/hypothetical-planet-x/in-depth/
以前書いたブログ:
http://49576125.at.webry.info/201601/article_7.html

Date: 2018/07/28
Title: 高エネルギーニュートリノの発生源の天体、初特定される
Category: 宇宙
Keywords:系外銀河、ニュートリノ、発生源、大質量ブラックホール、高エネルギー宇宙線


ちょっと前にネットのニュースで見かけた記事について。
「ニュートリノの発生源の天体、初特定」
これは、銀河系外から届いた素粒子「高エネルギーニュートリノ」の発生源となる天体を初めて特定したという記事だ。

ニュートリノはレプトンと呼ばれる素粒子の一種で、電子のようなレプトンと対になっていて、3種類(3世代)が存在する(ただし、反粒子は除いて)。
第1世代の電子(\(\rm{e^-}\))に対しては、電子ニュートリノ(\(\nu_\rm{e}\))
第2世代のミューオン(ミュー粒子ともいう;\(\mu^-\))に対しては、ミューニュートリ(\(\nu_{\mu}\))
第3世代のタウオン(タウ粒子ともいう;\(\tau^-\))に対しては、タウニュートリノ(\(\nu_{\tau}\))
電子、ミューオン、タウオンは荷電粒子なのに対して、ニュートリノは電気的に中性だ。

これらレプトンのうち電子、ミューオン、タウオンは荷電粒子なので、弱い相互作用(弱い力ともいう)と電磁相互作用(電磁気力)が作用する。しかし、ニュートリノは中性粒子なので弱い相互作用しか作用しない。弱い相互作用とは、例えばベータ崩壊のような粒子の崩壊現象に関わる力で、他の物質に与える影響が非常に少ない。つまり物質とほとんど相互作用をしないため、物質を通り抜けてしまう(そのため、ニュートリノは別名「幽霊粒子」とも呼ばれるのだ)。その結果、地球さえも通り抜けてしまうのだ。

実際、1987年に大マゼラン雲(我々の銀河系の伴銀河で、地球から約16万光年の距離にある)に超新星1987Aが出現したとき、日本の神岡鉱山跡に建設された東大宇宙線研究所のニュートリノ観測施設「カミオカンデ」が、超新星から放出されたニュートリノを捉えたが(これは2002年の小柴昌俊さんのノーベル物理学賞受賞につながった)、大マゼラン雲は南天にあるので北半球にある日本からは見ることはできず、地球を突き抜けてきたニュートリノを捉えたのだ。

今回ニュートリノを観測したのは、南極のアムンゼン・スコット基地の地下に建設されたニュートリノ観測所「アイスキューブ(IceCube:South Pole Neutrino Observatory)[1] 」で、昨年9月22日(日本時間9月23日)に捉えたニュートリノは約 300 TeV のエネルギーを持っていたが、これは1987年の超新星1987Aから放出されたニュートリノの1000万倍以上のエネルギーだ。

その直後から世界各地の天文台や人工衛星によって(それらにはNASAのフェルミガンマ線宇宙望遠鏡、カナリア諸島にあるMAGIC望遠鏡(Major Atmospheric Gamma-ray Imaging Cherenkov Telescope)などが含まれる)、ニュートリノが飛来したオリオン座の一角が一斉に観測された [2] )。その結果、オリオン座の左肩のすぐ近くの夜空にある、地球から約40億光年離れた「ブレーザー(blazar)」と呼ばれる銀河が発しているガンマ線が強まっていることを発見し、この天体が高エネルギーニュートリノの発生源と特定されたようだ(これには広島大学の研究チームによる観測も貢献しているようだ)。

ブレーザーというのは、クェーサーの一種で、巨大銀河の中心にある大質量ブラックホールがエネルギー源となって明るく輝く天体で、高エネルギー宇宙線(高エネルギーの原子核)の発生源とされているが、そのメカニズムはあまりよくわかっていないようだ。今回の高エネルギーニュートリノの発生源として特定されたブレーザーの正体は「TXS0506+056」という巨大な楕円銀河で、中心部に超大質量のブラックホールがある。そして今回のこの発見は、高エネルギー宇宙線の発生メカニズムの解明につながると期待されているのだ。

僕は学生時代に、高エネルギー宇宙線(一次粒子)の解析をやっていたんだが、その頃から宇宙線はどこで発生し、どのように加速されているのか、メカニズムはよくわかっていなかった(宇宙線の発生源としては、超新星残骸、衝突している銀河、ブレーザーのような活動銀河核として知られている銀河のエネルギー源である超巨大ブラックホールなどが考えられていた)。宇宙線は高エネルギーの原子核で、陽子やヘリウム原子核のような軽い原子核から鉄などの重い原子核も含まれる(数からえいえば、陽子がもっとも多い)。そしてそのエネルギーは、高いものでは CERN(欧州合同原子核研究機構)の LHC(大型ハドロン衝突型加速器:これは人類が作ったもっともパワフルな粒子加速器だ)で生成されるエネルギー(衝突のエネルギーは 13 TeV)よりはるかに高いエネルギーの粒子が存在している。そして、この高エネルギー宇宙線粒子は荷電粒子なので、発生源から宇宙空間を通って地球までやってくる間に、宇宙空間にある磁場によって経路を曲げられる。そのため、宇宙線の経路を逆にたどっても発生源を突き止めることはできない。しかし、電荷を持たず、質量もほんの僅かなニュートリノなら、今回のように進路を逆にたどって発生源を突き止めることができるかもしれないのだ。

僕が宇宙線の解析をやっていた頃から随分時間が経っているが、やっとそれが解明されるようになるのかと、今後の研究の進展が期待されるのだ。

ところで、ネットのニュース記事のタイトルは「ニュートリノの発生源の天体、初特定」となっているが、ニュートリノの発生源としては、太陽や超新星1987Aのように発生源が特定されているものはある。しかし、高エネルギーニュートリノの発生源となる天体の特定は今回が初めてのようだ。

関連記事、サイトはこちら。
毎日新聞(電子版)の記事:
https://mainichi.jp/articles/20180713/k00/00m/040/190000c
ナショナルジオグラフィックの記事:
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/071500206/?P=1
IceCubeの記事:
https://icecube.wisc.edu/news/view/586
Scienceに掲載されている論文:
http://science.sciencemag.org/content/361/6398/eaat1378
IceCubeのサイトにある論文:
https://icecube.wisc.edu/static/docs/detection-flaring-blazar.pdf
スーパーカミオカンデのサイトの記事:
http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/sk/supernova.html
広島大学のサイトの記事:
https://www.hiroshima-u.ac.jp/hasc/news/46343


[1] IceCubeはアメリカ国立科学財団(National Science Foundation: NSF)によって設立され、ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin–Madison)によって運用されている世界最大のニュートリノ観測施設(世界12ヵ国49の研究機関による国際共同プロジェクト)で、主に TeV(1012 eV = 1兆電子ボルト)領域の高エネルギー宇宙ニュートリノの観測を目的としている。
ニュートリノを観測するために、南極の分厚い氷の下に(深さ1マイル = 約 1.6 km)に、1 km3 もの巨大な体積の氷の中に5000個以上もの球体の光センサーモジュール(Digital Optical Module: DOM、光を検出するのは光電子増倍管)が埋め込まれている。
ニュートリノは電荷を持たず、物質とほどんど相互作用をしないため、通常であれば検出器で直接検出することができない。しかし、非常に低い確率ではあるが氷の中の水分子に衝突して、電荷を持つレプトンを生成する。このとき生成されるレプトンは、電子ニュートリノに対しては電子、ミューニュートリノに対してはミューオン(ミュー粒子)、タウニュートリノに対してはタウオン(タウ粒子)だ。そして、生成されたレプトンの速度が氷の中の光の速度 [3] より大きいと、チェレンコフ放射(Čerenkov radiation)と呼ばれる光が円錐状に発生する。DOMの中の光電子増倍管はこの光を検出しているのだ。

[2] このように検出された宇宙ニュートリノの到来方向等の情報を元に、世界中の観測施設が追観測を行う体制は「マルチメッセンジャー観測(multi-messenger observations)」と呼ばれている。

[3] 屈折率 \(n\) の媒質中では、光の速度は \(c/n\)(\(c\) は真空中の光の速度)となる。氷の屈折率は \(n=1.309\) なので、氷の中の光の速度 \(v\) は \(v=c/1.309=0.76c\) 。つまり、氷の中では光の速度は真空中の速度に対して 24% 遅くなる。

Date: 2018/07/04
Title: ゴッホのひまわりが枯れていく?
Category: 化学
Keywords:ゴッホ、ひまわり、黄色、退色


Newsweek を読んでいたら、気になったニュースに出くわした。それは、
「ゴッホのひまわりが枯れていく?」
という記事だ。

オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが描いた絵の中で、特に有名なのが「ひまわり」ではないだろうか。花瓶に活けられたひまわりを描いた絵だが、全部で7枚描かれていて、そのうち6枚が現存するという(そのうち1枚は東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館が所蔵している)。

Vincent Willem van Gogh 127
ゴッホの《ひまわり》
[Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由
このひまわりの輝くような黄色い色彩が危機に瀕しているようだ。
というのも、使われている黄色い絵の具が光に弱い性質を持っていて、退色が始まっていることが専門家の調査で確認されたそうだ。

調査を行ったのは、ゴッホ作品の世界最大のコレクションを誇るオランダ・アムステルダムにあるゴッホ美術館とベルギーのアントワープ大学(University of Antwerp)などの研究チームで、アントワープ大学のサイトの記事によると、ドイツにあるドイツ電子シンクロトロン(DESY:正式名称はヘルムホルツ協会ドイツ電子シンクロトロンと呼ばれる研究所)にある電子シンクロトロン "PETRA III" から放射されるX線(シンクロトロン放射光)を使って、絵から剥ぎ取った2つの絵の具の断片(それぞれ大きさは 1 mm 未満)を分析した結果、ゴッホが2つの異なるクロムイエローの絵の具を使っていたことを突き止め、このうち花びらや茎に使われたレモン色が光に当たってゆっくりと茶色に変色しつつあるという。

クロムイエローというのは、別名黄鉛とも呼ばれる黄色の顔料で、鉛(Pb)とクロム(Cr)、酸素(O)から成っている。このうち、オレンジがかったイエローの顔料には主に耐光性のあるクロムイエローが含まれており、その化学式は PbCrO4(クロム酸鉛)である。それに対して、光に敏感なクロームイエローは主に明るい黄色の領域に含まれていて、このタイプのクロームイエローは硫黄(S)を含んでいて、その化学式は PbCr1-xSxO4(x > 0.4)だという。このタイプのクロームイエローは耐光性が弱く、時間の経過とともに茶色く変色していく。ただし、光だけでなく、さまざまな外的要因の影響もあるので、いつ変色が進み、目に見える形で黄色が茶色に変わるのかは分からない(※)。

さらに、絵の具のサンプルをフランス・グルノーブル(Grenoble)にあるヨーロッパ放射光施設(European Synchrotron Radiation Facility: ESRF)で分析した結果、光に敏感なクロームイエローが暗く変色すると、それに含まれるクロムの価数が六価(Cr)から三価(Cr)に還元されるが、実際に塗料の表面で相対的に 35% の割合の三価クロムが検出されている。つまり、クロームイエローが還元された結果、《ひまわり》で退色が起こっていたということだ。そしてこのことは、《ひまわり》が書かれた当時は、我々が今日見ているものとは違って見えていたかもしれないということを示唆している。

ちなみに、クロームイエローは六価クロムと鉛を含んでいるため毒性があり、黄色有機顔料に代替されてきているようだ。

Newsweek の記事によると、ゴッホ美術館では、現在、研究結果の全てを整理しているところで、それが終われば、退色問題に今後どのように対処していくか結論が出るだろうという。退色するクロームイエローの絵の具はゴッホ作品ではよく使われているそうで、他の絵画でも退色は起こっていると考えられる。ゴッホ美術館だけでなく、世界中のコレクターや美術館でも、今後、作品の展示や保存方法を見直す必要に迫られそうだ。

最近、キリストの絵画や教会の像が残念なかたちに修復されたということが話題になっていたが、退色したゴッホの絵画が残念なかたちに修復されないことを願う。まぁ、ゴッホの絵画だし、もしそうなったら細心の注意を払って修復されると思うけど…。

※上の化学式から分かるようにクロームイエローはクロムの他に鉛も含んでいるため、大気中の微量の硫黄分(硫化水素:H2S)に侵されて硫化鉛(PbS)が生成されて、次第に黒ずんでいくといわれる(温泉地のように硫黄分の多いところでは注意が必要だ)。

関連サイト、記事はこちら。
AFPBB News:
http://www.afpbb.com/articles/-/3025920
アントワープ大学のサイトの記事(1):
https://www.uantwerpen.be/en/research-groups/axes/news-and-events/in-the-media/pigment-degradation-processes/
アントワープ大学のサイトの記事(2):
https://www.uantwerpen.be/popup/nieuwsonderdeel.aspx?newsitem_id=3377&c=OZEN21060&n=110580
DESY PETRA III:
http://photon-science.desy.de/facilities/petra_iii/index_eng.html
Spring-8:
http://www.spring8.or.jp/ja/about_us/whats_sr/utilization_sr/


[補足] シンクロトロン放射光について
シンクロトロンとは加速器の一種で、陽子や電子のような荷電粒子を加速するのだが、その際に、粒子の加速に合わせて磁場の強さと加速電場の周波数をコントロールすることによって、加速される粒子の軌道半径を一定に保って加速する装置だ。さらに、加速される荷電粒子が磁場によって起動が曲げられる際に、軌道の接線方向に光が放出される。この光はシンクロトロンによって放射されるので、「シンクロトロン放射光(synchrotron radiation)」いうのだ。実際には前段の加速器(線形加速器やシンクロトロン)で電子をあるエネルギーまで加速し、それを蓄積リング(ストレージリング)と呼ばれるリング(これもシンクロトロンの一種)で一定のエネルギーを維持させながら放射光を発生させるのだ。

シンクロトロン放射光の概略図
(図では細かい部分は省略しています)
この放射光は加速される電子のエネルギーが高く、進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を放射するようになるのだ。そして、この放射光を使ってタンパク質や材料などの物質の構造解析や微量元素の分析などが行われている(その他にも様々な分野で利用されている)。

今回の研究では、ドイツ電子シンクロトロン(DESY)にある電子シンクロトロン "PETRA III" や、ヨーロッパ放射光施設(ESRF)が使われているが、日本にも大型放射光施設 "SPring-8" がある。1998年7月に発生した和歌山毒物カレー事件で、カレーに混入された亜砒酸に含まれる不純物元素の分析にも SPring-8 の施設が使用されたことはよく知られている。

Date: 2018/06/26
Title: ボケない脳の秘密 - スーパーエイジャーの脳にはフォン・エコノモ細胞が多い?
Category: 脳科学
Keywords:スーパーエイジャー、認知症、脳、フォン・エコノモ細胞


ちょっと前のNewsweekに興味深い記事が載っていた。それは、
「スーパー80歳は細胞が違う」
と題された、シャープな頭脳を持ち続ける高齢者の脳と性格を分析した記事だ。

人間誰しも歳を重ねてくるとだんだん認知能力が衰えてくる。しかし、高齢者の中には80歳を超えてもシャープな頭脳を維持している人がいる(このような人は高齢者の約5%だそうだ)。この「スパーエイジャー(スーパー老人)」と呼ばれる少数の人々の、若い頃と同等の能力を維持できる脳は、ほかの高齢者の脳とどこが違うのか?

米ノースウェスタン大学の研究者は、高齢になっても認知症になっていない人を集めて追跡し、認知症にならない原因を探った。その鍵を解くキーワードは「フォン・エコノモ細胞」らしい。フォン・エコノモ細胞はウィーン大学のフォン・エコノモ博士によって発見された樹状突起の少ない神経細胞だそうだが、スーパーエイジャーの脳には、このフォン・エコノモ細胞が多いということが最近わかってきたという。この細胞は人間の他には、類人猿、ゾウなどの一握りの社会性を持つ動物にしか見つかっておらず、社会的相互作用や自己認識との関連性が指摘されているようだ。

フォン・エコノモ細胞が見つかった脳の領域の一つは「前帯状皮質」と呼ばれる領域で、血圧や心拍数の調節のような多くの自律的機能の他に、報酬予測、意思決定、共感や情動といった認知機能に関わっているとされている [1] 。スーパーエイジャーの中には、同年代の人だけでなく、20歳位の若者よりもフォン・エコノモ細胞が多い人も少なくないという。

ただ、研究者によると、フォン・エコノモ細胞が多くなるメカニズムや、なぜそれが重要なのかはわかっていないという。また、生物学的な差に加えて、性格にも違いがあるという指摘もあるようだ。スーパーエイジャーは外交的な性格である場合が多く、楽観的で社会的に活発な傾向もあるという。

さらに、米カリフォルニア大学アーバイン校の研究しチームが行った、90歳代の被験者1700人以上に対して、生活習慣が健康に及ぼす影響を調べた研究結果によると、

  • 1日当たり約2杯のビールやワインを消費する人は早死にのリスクが 18% 低い。
  • 1日に2時間を趣味に費やす人は 21% 低い。
  • 毎日15~45分間の運動をする人は 11% 低い。
だという。

この問題はまだまだ研究途上で、まだ分かっていないことも多く、今後の研究の進展に期待するしかないが、個人的にできることは、
(1) 睡眠をきちんととる
睡眠時間は7~8時間が理想的といわれていて、それより短くても長すぎても寿命が短くなるという研究結果もあるようだ。
(2) バランスのとれた食事をする
TVで90歳を超えてもなお現役バリバリで活躍している人たちの生活を紹介しているのを見ると、みなさん肉をよく召し上がっているような気がする(これは、肉体を維持するためにタンパク質をちゃんととることが重要ということなのだろう)。
(3) 適度に運動して、そして頭も使う
クイズやパズル、文章を書くなどして頭を使うのがいいのかな? それなら数学の問題を解けばいいか?
ということが大事だと思うが、それに加えて、やっぱり、
(4) あれこれ思い悩まずに(ストレスを溜め込まない)
(5) 好きな酒を飲み(ただし、飲み過ぎないようにする)
(6) 休日は趣味など好きなことをする
というのが一番なのかな?[これはあくまで個人的な意見です]

関連記事・論文はこちら。
ABC News "How the Brains of 'SuperAgers' Are Different" :
https://abcnews.go.com/Health/brains-superagers-peoples/story?id=28724056
米国立生物工学情報センター(NCBI)に掲載されている論文(概要):
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25632151
※大元は The Journal of Neuroscience に掲載されている論文
NPO法人 オール・アバウト・サイエンス・ジャパンに掲載されている記事::
http://aasj.jp/news/watch/2887

[1] Newsweek の記事では、「注意力と超短期のワーキングメモリー(作業記憶)に重要な役割を果たしている」としている。

Date: 2018/05/27
Title: 反物質「消滅」の謎に挑むCERN
Category: 素粒子
Keywords:反物質、消滅、謎、反水素原子、スペクトル


ネットのニュースをチェックしていたら、次のニュースに出くわした。それは、
『反物質「消滅」の謎、解明に一歩前進 CERNチーム』
という記事だ。

僕らの体や周りの物質は原子でできているけど、その原子は中心に原子核があり、その周りを電子が回っている。そして原子核は陽子と中性子でできている(さらに突き詰めていくと、陽子と中性子はそれぞれ3個のクォークでできている)。最も簡単な原子である水素原子は1個の陽子の周りを1個の電子が回っている。陽子は "\(+e\)" の電荷を持っていて、電子はその反対の符号の "\(-e\)" の電荷を持っている [1] 。中性子はその名のとおり電気的に中性なので電荷は "\(0\)" だ(つまり電荷を持たない)。

これら物質粒子を構成している粒子には、電荷の符号が反対で、それ以外の質量などの性質が同じ粒子が存在し、それらを「反粒子」と呼んでいる。例えば、陽子(proton)の反粒子である反陽子(antiproton)は "\(-e\)" の電荷を持ち、電子の反粒子である陽電子(電子の反粒子だけは反電子と言わず陽電子(positron)と呼ばれる)は "\(+e\)" の電荷を持っている(中性子(neutron)は電気的に中性なので、反中性子(antineutron)も電気的に中性だ)。

今から約138億年前、宇宙が誕生したとき、ビッグバン(Big Bang)によって粒子と反粒子は対をなして生成された(つまり同じ数だけ作られた)とされている。しかし、粒子と反粒子が出会うと「対消滅」を起こして光子が生成されてしまうので、粒子と反粒子が同数であれば、対消滅の後は何も残らない。そうなると我々の宇宙は今日のような姿で存在しないことになってしまう。しかし、我々の周りは物質で満ち溢れているのに、反物質はどこにも存在せず、素粒子物理学の大きな謎になっている。

地球上で反粒子が生成されるのは、例えば高エネルギー宇宙線が地球に入射したとき、大気と衝突して作られる場合や、加速器による実験で人工的に作られる場合などに限られ、どれもが短寿命の反粒子が作られるだけだ。

今回、CERN(欧州合同原子核研究機構)のALPHA(Antihydrogen Laser Physics Apparatus)実験チームは、実験室内で作った水素原子の反物質「反水素原子」をこれまでにない高い精度で測定することで、この謎の解明に一歩近づいたとする研究結果を発表した。ごくありふれた物質である水素原子は、中心にある1個の陽子の周りを電子が1個回っている。これに対して「反水素原子」は、陽子の反粒子である1個の「反陽子(antiproton)」の周りを電子の反粒子である「陽電子(positron)」が1個回っている。そして、研究チームが着目したのは水素のスペクトルだ。

ここで、水素原子のスペクトルについてザックリおさらいしておこう。

通常の水素原子では、陽子の周りを回っている電子の取り得るエネルギーは飛び飛びの値となる。これをエネルギー準位というのだけれども、主量子数 [2] を \(n\) とすると、\(n\) の値(\(n=1,2,3,\cdots\))に応じてエネルギーの低い方から \(E_1,\,E_2,\,E_3,\,\cdots\) という風になり(ここでは具体的な計算はしないが)、それに対応する電子殻をK殻、L殻、M殻、… と呼んでいる。なお、一番低いエネルギー状態(\(E_1\))のことを基底状態、それ以外のエネルギー状態(\(E_2,\,E_3,\,\dots\))のことを励起状態という。
次に主量子数 \(n\) に応じて方位量子数 [2] \(l\) の取り得る値が決まる。例えば、\(n=1\) の場合は \(l=0\) のみ、\(n=2\) の場合は \(l=0,1\)、\(n=3\) の場合は \(l=0,\,1,\,2\) という値をとる。そして \(l\) の値に応じて電子の軌道を \(l=0\) の場合は s 軌道、\(l=1\) の場合は p 軌道、\(l=2\) の場合は d 軌道という風に呼んでいる。
さらに主量子数 \(n\)、方位量子数 \(l\) に応じて磁気量子数 [2] \(m\) の取り得る値も決まる(下の表)。そして、それぞれの軌道に収容可能な電子の数も決まるが、今は水素原子を考えているので、通常は基底状態の 1s 軌道に1個の電子がいる。


電子殻
ここで、基底状態(\(n=1\))にある電子に光を当てると、ある特定の波長の光を吸収して電子が基底状態からよりエネルギーの高い準位(例えば \(n=2\))にジャンプする(励起状態になる)。励起状態にある電子が同じ波長の光を放出すると、電子は元の準位に戻る。このような電子のエネルギー準位間の遷移に伴う光の吸収・放出によってスペクトル線が生じるのだ [3] 。この様子を示したのが下の図だ。


水素原子による光の吸収

水素原子による光の放出

基底状態の水素原子と反水素原子


スペクトル線には光を放出してどのエネルギー準位に遷移するかによっていくつかの系列が知られている。代表的なものとして、ライマン系列、バルマー系列、パッシェン系列などがある。
ライマン系列は米国の物理学者セオドア・ライマン(Theodore Lyman、1874-1954)によって発見されたもので、電子のエネルギー準位が \(n \geqq 2\) から基底状態(\(n=1\))に落ちるときに生じる輝線で、波長域は紫外域だ(例えば、\(n=2\) の場合の波長は 122 nm)。
バルマー系列は、その波長を予測する実験式を発見したスイスの数学者・物理学者ヨハン・ヤコブ・バルマー(Johann Jakob Balmer、1825-1898)にちなんで命名されたもので、電子のエネルギー準位が \(n \geqq 3\) から \(n=2\) の状態に遷移するときに生じる輝線で、波長域は可視領域から近紫外域だが、波長が 400 nm 以上の可視光の輝線は別名 Hα 線(波長 656 nm)、Hβ 線(波長 486 nm)、Hγ 線(波長 434 nm)、Hδ 線(波長 410 nm)と呼ばれる。これら4つの輝線は太陽光スペクトルにも見られ、さらに Hα 線は天文学では水素の存在を観測する際にも用いられる。
パッシェン系列はドイツの物理学者フリードリッヒ・パッシェン(Louis Carl Heinrich Friedrich Paschen、1865-1947)によって発見されたもので、電子のエネルギー準位が \(n \geqq 4\) から \(n=3\) の状態に遷移するときに生じる輝線で、波長域は赤外領域だ(例えば、\(n=4\) の場合は 1870 nm)。

さて、CERNで行われた実験だが、通常の水素原子のスペクトルは、理論的な予測に対して非常に高い精度(\(\sim 5 \times 10^{-15}\))で測定されているが、反水素原子のスペクトルをこれまでにない精度で測定しようと試みたものだ。これによって素粒子の基本的な対称性 ― 電荷・パリティ・時間(CPT)不変性 ― をテストしようとしているのだが、もしわずかな違いが見つかれば、素粒子物理学の標準モデルを揺り動かすことにもなるのだ。

しかし、反物質である反水素原子は、通常物質と出会うと対消滅を起こして消滅してしまう。このようなデリケートな反水素原子を、実験に使うための十分な量を作り出して、閉じ込めておくのは容易ではない。そこでCERNのALPHA実験チームは、CERNの反陽子”減速器”(Antiproton Decelerator; AD)で低エネルギーの反陽子を生成し、ナトリウム22 [4] からの陽電子を結合して反水素原子を作った。次に生成した反水素原子を磁気トラップで閉じ込めて、通常物質と接触して消滅しないようにした。そのようにして閉じ込めた反水素原子にレーザー光を当てて、反応を測定して通常の水素原子と比較したのだ。

2016年にはALPHA実験チームは、この方法で反水素原子の基底状態と最初の励起状態の間の遷移(いわゆる 1S-2S 遷移)周波数を、百億分の1(\(10^{-10}\))程の精度で測定し、水素原子の同じ遷移周波数とよく一致していたことを発見していた。測定には2つの周波数のレーザーが使用された。一つは水素原子の 1S-2S 遷移周波数と一致する周波数。もう一つは一致する周波数からわずかにずらした周波数だ。そして、レーザー光と反水素原子の相互作用の結果として、磁気トラップから離脱した原子の数をカウントしたのだ。

その後、ALPHA実験チームの行った実験の最新の結果では、水素原子の 1S-2S 遷移周波数からずらした周波数は一つだけでなく、複数の周波数(わずかに低いものとわずかに高いもの)を用いている。これによって、反水素原子の 1S-2S 遷移のスペクトルの形(あるいは色の広がり)を測定し、より高い精度で遷移周波数を得ることが可能になったという。そして、得られた結果は、スペクトルの形は水素原子のものと非常のよく一致し、反水素原子の 1S-2S 遷移周波数を1兆分の1(\(10^{-12}\))の精度で決定できたという。これは2016年の結果の100倍もいい精度だ。

今回の結果は、反水素原子の 1S-2S 遷移周波数を非常に高い精度で測定することができたが、結果的には水素原子と反水素原子に違いは見られなかった。しかし、今後、精度が高まるにつれて両者の違いが見えてくるのではと実験チームは期待しているようだ。
ALPHA実験チームのスポークスマン、ジェフリー・ハングスト(Jeffrey Hangst)氏によると、現在の精度は通常の水素原子には及ばないが、ALPHAによって成し遂げられた急速な進歩は、反水素で測定された水素原子並みの精度 ― したがって、CPT対称性の前例のないテスト ― は今や手の届くとことにきていることを示唆しているという。

今後の研究の進展に期待しよう。

関連記事はこちら。
AFPBB News:http://www.afpbb.com/articles/-/3170130?cx_position=11
CERNの記事:https://home.cern/about/updates/2018/04/new-era-precision-antimatter-research


[1] \(e\) というのは電荷の最小単位で電気素量といい、\(e = 1.602 \times 10^{-19} \,\rm{C}\)(クーロン)という値となる。

[2] 主量子数(\(n\))は軌道の大きさと電子に許されるエネルギー(エネルギー固有値)を決定し、方位量子数(\(l\))によって軌道の形が決定し、磁気量子数(\(m\))によってそれぞれの軌道が決まる。例えば、\(l=0\) の場合は \(m\) は \(0\) しか取らないので軌道は1個のみ(s 軌道)だが、\(l=1\) の場合は \(m\) は \(-1,0,\,1\) の3つの値を取り得るので、軌道は3つ存在することになる(つまり p 軌道は3つある)。

[3] このようなスペクトル線はプリズムなどで分光すると、飛び飛びのいくつかの光の線になり、この光の線を輝線という。輝線からなるスペクトルは輝線スペクトルと呼ばれる。

[4] ナトリウム22(22Na)はナトリウム(23Na)の放射性同位体で、β+崩壊によって陽電子を放出してネオン22(22Ne)になる。半減期は約2.6年。

Date: 2018/04/22
Title: 魔のバミューダ海域の謎 原因はメタンハイドレート?
Category: 科学一般
Keywords: バミューダトライアングル、謎、メタンハイドレート、死のげっぷ


ナショナルジオグラフィックのWebサイトを見ていたら、興味深い記事を見つけた。それは、
「魔のバミューダ海域、原因はメタンハイドレートか」
と題する記事だ。

バミューダトライアングルといえば、船や飛行機が突然消息を断つ事件が相次ぐという伝説で知られている海域だ。そしてその伝説を基にして、多くの小説や映画などが制作されている。
その発端となったのは、今から70年ほど前にフロリダを飛び立ったアメリカ海軍機5機が突然消息を絶った事件だ。そしてバミューダトライアングルが「魔の三角海域」として世界中の人々に知れ渡ったのは、アメリカの作家で超常現象研究家のチャールズ・ベルリッツの著書『The Bermuda Triangle(邦題:謎のバミューダ海域)』がベストセラーとなったことだと言われている。しかし、彼が書いた事件の多くは、事実誤認・歪曲・誇張・創作によるものという批判もある。他にも様々な説が唱えられ、それらの説が繰り返し出版・報道されることで、魔の海域の怪事件として多くの人の記憶に刻まれ、伝説と化していった。


バミューダトライアングルの位置
[Wikipediaより]
ところで、バミューダトライアングルはどこにあるかというと、アメリカ・フロリダ半島の先端にあるマイアミと、バミューダ諸島、プエルトリコを結んだ三角形の海域だが、そもそもそんな魔のトライアングルなんて存在しないと、存在自体を否定する専門家も多いという。

というのも、米海軍史財団の歴史家ジョン・ライリーによると、この海域は交通量がとても多く、ヨーロッパ諸国による開拓時代の初期から船が頻繁に行き交う場所で、そこで多くの船や飛行機が消息不明になっているということは、大都市の高速道路で交通事故が多発しているといっているようなもので、驚くほどのことではないという。実際に、バミューダトライアングルで船や飛行機が消息不明になる確率を計算してみると、他と変わりないという。ならば、ブラックホールやUFO、何かの大爆発など突拍子も無いものを持ち出さなくても、遭難した船や飛行機は悪天候(この海域はハリケーンや霧の多発地帯として有名だ)に遭遇したり、操作ミスや計器の見間違いなどによるものと考える方が自然だ。


メタンハイドレートの分子構造
[アメリカ地質調査所のサイトより]
さて、ナショナルジオグラフィックの記事によると、このバミューダトライアングルの謎の原因として浮上してきているものがある。それはメタンハイドレートだ。メタンハイドレート(methane hydrate)は低温かつ高圧の条件下でメタン分子(CH4)が水分子(H2O)に囲まれた構造をした固体で、「燃える氷」と呼ばれる化石燃料の一種だ。

日本近海は世界有数のメタンハイドレート埋蔵量を持つとされ、商業化に向けて開発が進められている。メタンは燃焼時の二酸化炭素排出量が石油や石炭に比べて格段に少なく(およそ半分)、地球温暖化対策として有効なエネルギー源とされているが、その一方で、大気中のメタンは二酸化炭素の20倍以上の温室効果があると言われていて、メタンハイドレート開発によって発生するメタンのうち回収しきれずに大気中に放出されるメタンが気候変動に大きな影響をもたらす可能性があると指摘されている。したがって、日本にとっては期待のエネルギー源ではあるが、扱いが難しいのではという気がする。

このメタンハイドレートがバミューダトライアングルの謎の原因とする説自体は、これまでにも一部の研究者が唱えているようだが、今回の記事で注目されたきっかけとなったのは、北欧ノルウェー沖のバレンツ海で、天然ガスの爆発でできたと考えられる複数の巨大クレーターが見つかったことだ。発表したのはノルウェー北極大学の研究チームで、クレーターの大きさは、最大のもので直径 800 m、深さは 45 m。海底の堆積物に閉じ込められていた天然ガスのメタンが爆発したことによってできたと考えられているのだ。
海底に閉じ込められているメタンハイドレートが壊れたり爆発したりして急激にガスが放出されると、石油の掘削をしている作業員に危険が及ぶこともあり、関係者の間では「死のげっぷ」と呼ばれている。

記事によると、研究チームはこのような急激なガスの放出は船舶にも危険であるとし、バミューダトライアングルでの船や飛行機が行方不明になる現象も、これが原因の可能性もあると指摘しているようだ。実験では、この「げっぷ」が船の浮力や飛行機のエンジンに影響を及ぼす恐れがあると示唆されているが [1] 、現実には様々な要因が絡んでくるので、実際にどのくらいの影響があるかは定かではないという。現時点ではまだ推測の域をでていないのだ。いずれ明らかになるのかな?

関連記事こちら。
ナショナルジオグラフィックの記事:http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/031700097/


[1] 船が沈没したり飛行機が墜落する原因として次のことが考えられる。
(1) メタンの泡が瞬時に大量に発生することによって船の浮力が失われ(海水とは密度が異なるので)、船が沈没する。
(2) エンジンが大量にメタンを吸い込むことで酸欠状態となり、不完全燃焼をおこして出力が低下する。それによって揚力を失い墜落する。

Date: 2018/03/10
Title: 「奇跡の素材」グラフェンの可能性
Category: 物理
Keywords: グラフェン、タッチスクリーン、透明電極フィルム、炭素原子、ハニカム構造


ちょっと前のNewsweekの記事だけど、興味深い記事が載っていた。それは、
『「奇跡の素材」で割れないスマホを』
という記事だ。

僕のスマホの画面は割れていないが(一応、画面に保護シールを貼っていることもあるが。ガラケーを使っていたときも、画面が割れたことはない)、街中では画面がバキバキに割れているスマホを使っている人を時々見かける。
しかし、記事によると、これも近いうちに過去のものになるかもしれないという。というのは、安価でとても頑丈なタッチスクリーン用の透明電極フィルムが開発されたからだそうだ。その鍵となる素材は「グラフェン」だ。

「奇跡の素材」といわれるグラフェンは炭素原子がハニカム(蜂の巣)状に平面に並んだ構造で、しかも厚さは原子1個分しかないシート状の素材なのだ。その特徴は、鋼の200倍の強度を持ち、銅より導電性が高く、ゴムのような柔軟性を持つことだ。


とある分子模型ソフトで作ったグラフェンの構造(概略図)


それでは、グラフェンはどうやって作るのか?

グラフェンは鉛筆の芯の材料であるグラファイト(黒鉛)から作られるのだ(鉛筆の芯は黒鉛と粘土を混ぜ合わせ焼いたものだ)。グラファイトはダイヤモンドと同様に炭素原子のみからなる物質だが、違いは炭素原子の並び方だ。ダイヤモンドは正四面体の中心と3つの頂点に炭素原子がある構造をしているが(この構造は「ダイヤモンド構造」と呼ばれる)、それに対してグラファイトはハニカム状(六角形)に平らに並んだ炭素原子の層(つまりグラフェン。これは例えていえば、金網のような構造をしている)が何層も積み重なってできている。六角形の層内の炭素原子どうしは共有結合で強く結合しているが、層と層の間はファンデルワールス力(分子間力)で弱く結合している(わかりやすくいうと、グラフェンがミルフィーユのように層状に積み重なったようなものだ)。それゆえ、わずかな力を加えるだけで、層と層の間は剥がれて小さな破片に砕けてしまうのだ。鉛筆で紙に字や絵が書けるのはこのためだ。

このグラファイトから単一の層のグラフェンを作ろうと様々な試みななされてきたが、2004年に英マンチェスター大学のアンドレ・ガイム (Andre Geim、ロシア生まれのオランダ人物理学者) とコンスタンチン・ノボセロフ (Konstantin Novoselov、英国在住のロシア人物理学者) はいたって簡単な方法でグラフェンを作り出すことに成功した。その方法とは、セロハンテープにグラファイトの薄片を貼り付けて、グラファイトを挟み込むようにして貼り合わせて、再びテープを引き剥がす。これを何回も繰り返して薄片をどんどん剥がしていって、薄くしていったのだ。そうしていって、炭素原子1個分しか厚みがない試料が見つかり、これがグラフェンと同定されたのだ。そして、ガイムとノボセロフは2010年に2次元物質グラフェンに関する先駆的実験に対して ("for groundbreaking experiments regarding the two-dimensional material graphene") ノーベル物理学賞を受賞したのだ。もちろん、グラフェンの量産技術はこんな単純なものではないが、低コストで安定して生産できるかが鍵となる

ちなみに、鉛筆の芯からできる炭素材料は、これまで述べたグラファイトやグラフェンの他に、グラフェンが丸まったフラーレンという物質がある。フラーレンには、グラフェンが円筒状に丸まったカーボンナノチューブや、バッキーボールと呼ばれるサッカーボール型の分子(C60フラーレンとも呼ばれる)、カーボンナノチューブとバッキーボールが組み合わさった分子などがある。

前置きが長くなってしまったが、Newsweek の記事によれば、英サセックス大学の物理学者は、銀ナノワイヤーとグラフェンを組み合わせて、割れやすいスマホの画面の解決策を編み出したそうで、この混合素材は既存のものより安価で頑丈で、しかも環境に優しく反応感度も高いという。現在のスマホ画面の電極シートには、高価なレアメタルのインジウムが使われているが(さらに、インジウムを採掘する際に環境を破壊する)、グラフェンは比較的豊富に存在する天然のグラファイト(黒鉛)を分離して作られるので、タッチセンサーの製造コストを大幅に下げられるという。

グラフェンを素材にした導電シートは、スマホ画面だけでなく、折りたたんだり丸めたりできる新世代の電子機器の開発が進められていて、近いうちに商用化されるだろう。他にも、屋内太陽電池や糖尿病の検査に使える「タトゥー型」バイオセンサーなど、その応用範囲は実に多彩だ。また、実用的な応用だけでなく、量子電磁力学 (QED) に基づく完全な量子トンネル効果の検証のような、基礎研究にもグラフェンの持つ特性が注目されている。まさに無限の可能性を秘めた「奇跡の素材」グラフェンの今後の研究動向に目が離せないのだ。

関連記事、サイトはこちら。
Newsweek の記事:https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/11/ga-3.php
2010年度ノーベル物理学賞プレスリリース:
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2010/press.html
日経サイエンスの記事(有料):http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0807/200807_076.html
富士通研究所のサイト:http://www.fujitsu.com/jp/group/labs/resources/tech/techguide/list/graphene/

Date: 2018/02/08
Title: 温暖化で湿度100%という悪夢が
Category: 地球環境
Keywords: 地球温暖化、湿度上昇、熱中症


今週、日本列島は再び強烈な寒波に見舞われ、日本海側(特に北陸地方)は例年の7倍ともいわれる豪雪となっている。こんな時に地球温暖化の話をするのは気がひけるが、ちょっと前に読んだ Newsweek に気になる記事が載っていた。それは
「温暖化で湿度 100% の悪夢が」
という記事だ。

地球温暖化がだんだん進行してきていて、2015年末の国連気候変動組条約 (UNFCCC) 第21回締約国会議 (COP21) で採択された2020年以降の新たな温暖化対策「パリ協定 (Paris Agreement) 」では、産業革命時 (1750年頃) からの気温上昇を 2℃ 以内に抑えるという目標が掲げられて(さらに努力目標としてより厳しい水準である 1.5℃ 以内に抑えるとしている)、温暖化対策としての温室効果ガスの排出量削減が急務となっている。

このように地球温暖化は大気中の温室効果ガスの濃度の上昇と、地球全体の気温の上昇というフレーズで語られるが、気温以外にも考慮しなければならないことがある。それは「湿度の上昇」だ。

記事にある学術誌エンバイロンメンタル・リサーチ・レターズ (Environmental Research Letters) に発表された論文によると、温暖化の進行によって湿度が上昇し、それによって暑さの影響が悪化して人が住めなくなる地域が拡大していく。研究者によると、気温と湿度の上昇は、2080年までに日常生活が送れるレベルをはるかに超えてしまうという。

僕らの日常生活では、気温と湿度が高くなる夏場では通常エアコンを使用する(まぁ、オレは「エアコンなんか使わん。扇風機で十分」という人もいるだろうが)。しかし、エアコンのような冷房設備が利用できない人々(貧困層やホームレスの人々)や健康状態のよくない人々にとって、湿度は命に関わる問題となってくる。人は暑くなると汗をかいて水分を蒸発させることで、余分な熱を放散させて体温調節をする。しかし、湿度が高すぎると、すでに大気中に大量の水分が含まれているので、汗を素早く蒸発させることができなくなる。その結果、体温を下げることができなくなり、熱中症になる危険が高くなる。そして症状が重くなると命に関わる事態となってくる。まさに湿度が、「湿度が人を殺す」という事態になりかねないことになるのだ。

気温が高く、湿度が高いと、多くの人が不快に感じるようになるが、記事にタイトルにある湿度 100% の環境では人はどのくらい暑く感じるのか?

記事によると、地球の気温が 1.8~2.2℃ 上昇するというシナリオに基づいて計算した研究では、湿度 100% のとき、気温 30℃ は実際には 42℃ 前後に感じられるという。この計算結果を利用して検証すると、気温 32℃、湿度 100% では体感温度は 55℃ にもなるという。過去の実験では、この数値は大半の人が暑さと湿度のダブルパンチで倒れる寸前の状態で、実際にこのレベルの酷暑日は世界の各地で年間何日かは発生しているようだ。さらに温暖化が進行した場合の予測では、2080年には酷暑日が世界の多くの地域で年間100~250日に増える可能性があるという。

じゃあ、こんな事態になったらどうすりゃいいのか?

論文の共著者によれば、①仕事を自動運転の機械に任せ、②多くの活動を夜間に移し、③衣類を根本から作り直す必要があるかもしれない。多くの場所で、故障しにくい冷房システムを利用できるかどうかが生死を分ける可能性もあるという。

ただ、仕事を自動運転の機械に任せたり、多くの活動を夜間に行うにしても、今以上に冷房システムを利用することになる。そのためには、電力の安定供給が欠かせないが、特に夏場の電力需要のピーク時には危機的状況に陥りかねない。高まる電力需要に対して、どのように電力を安定供給するかということも併せて考えていかなくてはならない問題だと思う。

なんだか、難題がいくつも待ち受けているなぁ…。

[追記]
ところで、気温はともかく湿度 100% になったらどういう状況になるかというと、それはたまに起こることだ。湿度とはある温度における空気の飽和水蒸気量に対して、相対的に何%の水蒸気が空気中に含まれているかを表したものだ。湿度が 100% になると空気中の水蒸気量が飽和状態に達しているので、もうそれ以上水蒸気は空気中に溶け込むことができず、水滴のまま空気中を漂うことになる。それに一番近い状態は、そう、霧がかかった状態だ。ロンドンは冬になると濃い霧が発生することで知られ、「霧のロンドン」とよく表現されたりするが (※) 、世界中の多くの地域で湿度 100% になったりすると、こんなの当たり前になって、この表現も意味をなさなくなってしまうのだ。

※ 昔のロンドン、特にヴィクトリア女王の時代の19世紀には、産業革命で石炭を大量に燃やしたので(産業利用以外にも、当時はいまより冬はとても寒かったので、暖房で石炭を燃やしていた)、純粋な霧というより石炭を燃やした煙やすすが霧に混じったスモッグが頻繁に発生して、健康被害をもたらしていた。今では大気汚染もかなり改善されてきて、しかも暖冬になってきているので、霧が発生する条件は減ってきているといわれている。

Date: 2018/01/27
Title: 地球温暖化の影響 餓死寸前のホッキョクグマ
Category: 地球環境
Keywords: 地球温暖化、海氷面積減少、海面上昇、ホッキョクグマ、栄養失調、絶滅危惧種


ナショナルジオグラフィックのWebサイトで衝撃的な映像を目にした。
それは写真家ポール・ニックレン氏と環境保護団体シーレガシーの映像製作者らが公開した映像で、2017年夏の終わりにカナダ北東部のバフィン島で撮影された餓死寸前のホッキョクグマの映像だ。栄養失調で痩せ衰えたホッキョクグマが餌を求めて歩き回り、挙げ句の果てには外に放置されたドラム缶の中まで漁っている姿は、あまりにも物悲しく、考えさせられる光景だ。

映像は下記サイトにあります。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/121200482/

YouTube にも映像がありました。


ホッキョクグマは地球温暖化による気候変動の影響を象徴するマスコットとして扱われている。北極地方にしか生息しないホッキョクグマは、通常は海氷の上にいるアザラシの群れを襲って食べている。しかし、地球温暖化の影響で夏季の北極の海氷面積が減少したり、海面が上昇すると、その影響をもろに受けてしまう。そのため、夏の間は何ヶ月もの間何も食べられずに、冬になって海氷が凍るのを待つことも珍しくないという。

地球温暖化の影響で、北極の海氷面積は年々減少していて(2017年9月の海氷の年間最小面積は、観測史上初めて5年を超えての記録更新とはならなかったものの、観測史上6番目の小ささだった)、ホッキョクグマは狩をしたり、子育てをしたりする場所を年々奪われている。ホッキョクグマの生息数は約26,000頭と推定されているが、今後35年で個体数が 35% 減少する確率は 70% だとする報告もあり、このままでは絶滅してしまう恐れがあるのだ(ホッキョクグマは現在、国際自然保護連合 (IUCN) の「レッドリスト (Red List、絶滅危惧種リスト) 」に指定されていて、その中でも絶滅の危険が増大している「絶滅危惧Ⅱ類」に分類されている)。

ホッキョクグマは地球温暖化の一番の犠牲者ともいえる存在だ。地球温暖化対策は待ったなしの状況だが、彼らの保護も待ったなしなのだ。

関連記事、サイトはこちら。
ナショナルジオグラフィック:http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/121200482/
米雪氷データセンター (NSIDC):https://nsidc.org/arcticseaicenews/
宇宙航空研究開発機構 (JAXA):http://www.eorc.jaxa.jp/earthview/2017/tp170915.html
世界自然保護基金 (WWF) ジャパン:https://www.wwf.or.jp/activities/wildlife/cat1014/cat1050/
AFPBB News:http://www.afpbb.com/articles/-/3110465

Date: 2018/01/16
Title: 寒い冬に豪雪 でも地球は温暖化している
Category: 地球環境
Keywords: 地球温暖化、気候変動、二酸化炭素濃度上昇、海面上昇


先週日本に寒波が襲来して日本の多くの地域で雪が降り、特に日本海側では大雪に見舞われた。新潟県ではJR信越線で電車が15時間も立ち往生して多くの人が電車内に閉じ込められる事態になった。日本だけでなく、北米や欧州でも大寒波に見舞われ、特に北米では「bombogenesis」(ちゃんとした訳語はないようだけど、日本でいう爆弾低気圧に相当するもの)が発生し、米東部や中西部を中心に暴風雪に襲われた。さらに、南部のフロリダでも約30年ぶりに降雪が観測された。

こんな様子を目の当たりにすると、地球温暖化は”フェイク・ニュース”ではないか?と思う人もいるかもしれない。しかし、南半球のオーストラリアでは猛暑に見舞われていて、シドニーでは史上2番目の高い気温47.3℃を記録した。

このように短期の天気の変化を見ているだけでは、気候変動を感じるのは難しい。それは天気と気候は別物だからだ。天気は短期間の気温や湿度、降水量などの大気の状態を指している。当然、それは時間毎、あるいは日々変化する。一方、気候は長期間(通常1ヶ月以上とされる)にわたる平均的な大気の状態を指している。天気は例えば、昨日までは穏やかだったのに急に暑くなったり、寒くなったりと、大きく変化する。それに対して、気候は今年の夏は暑かったというように大まかに捉えられる。これも年単位で見ていくと変動する。しかし、さらに長期間にわたって見ていくと、徐々に変化していっているのが見えてくる。地球全体で見ると、過去100年以上気温は上昇していて地球温暖化が着実に進行している。


1890年以降の世界の年平均気温偏差
(1981-2010年平均からの差)
[気象庁のホームページより]
地球温暖化の主な要因は温室効果ガスで、主に化石燃料を燃焼させることで生じる二酸化炭素 (CO2) は、産業革命以降急激に増加していて、過去にないレベル(現在は400ppmを超えている)になっている。たしかに大気中の二酸化炭素濃度は過去数十万年で増減を繰り返しているが、ここ数十年の急激な増加は明らかに人為的なものだ。

二酸化炭素のような温室効果ガスは、太陽放射をほとんど吸収することなく透過するが、地球からの放射(赤外線)を吸収して地表面近くの大気の温度を上昇させる。そのため、温室効果ガスの濃度が適度であれば、地表の温度を適度な温度に保ってくれる(そのため、「温室効果ガス」と呼ばれるのだ)。しかし、その濃度が徐々に高くなっていくと、それに伴い地表の温度も徐々に上昇していく。その影響は気温の上昇だけでなく、北極と南極の氷の融解、海水温の上昇に表れてくる。海水温が上昇すると海水が膨張するので、海面が上昇する。さらに氷河や氷床(南極大陸やグリーンランドの陸地の上にある氷)が溶けて海に流れ出すと、さらなる海面上昇となって表れてくる。


地球全体の二酸化炭素の経年変化
[気象庁のホームページより]

過去80万年の大気中の二酸化炭素濃度の変化
[NOAA (アメリカ海洋大気庁) のホームページより]



過去20年の海面上昇
[NOAA (アメリカ海洋大気庁) のホームページより]
こうなると、気候変動が目に見える形で環境に影響を与えるようになる。最も深刻な影響を被るのは、標高の低い沿岸地域だ。世界の多くの大都市が沿岸部に位置するので、これらの都市は大打撃を受けることになる。さらに深刻な打撃を受けるのは島嶼部だ。特に南太平洋のツバルやキリバス、ソロモン諸島などでは、すでに海面上昇の影響が現れていて水没の危機にあることは、TVや新聞などの報道でよく知られている。

地球温暖化にもかかわらず、地域によっては、夏は猛暑と豪雨、冬は寒波と豪雪に見舞われることがあるかもしれない。重要なのは、短期の天気の変化に惑わされずに、気候の変化のパターンに目を向けることだと思う。

ところで、今回のように日本や北米で寒波に見舞われているのは、中緯度上空を流れている偏西風が日本や北米では南側に大きく蛇行して、北側から寒気が流れ込んだことが原因のようだ。偏西風が大きく蛇行しているのは地球温暖化によって北極の氷が溶けてきていることが原因だという説もあるが、まだよくわかっていないようだ。

ちょうど4年前(2014年)にも同じように北米は大寒波に見舞われたが、この時の原因を理解する上でのキーワードは「極渦」と「北極振動」だった。まず、極渦というのは、北極の上空にある極寒の空気の渦をもった寒気団のことで、極渦の流れが弱まるとジェット気流が蛇行して北極域の寒気が南下し、寒波をもたらすのだ。次に、北極振動というのは、北極域と北半球中緯度の気圧がシーソーのように相反して変動する現象のことで、北極と中緯度の気圧の偏差を北極振動指数という指標で表すのだ。北極振動指数が正(+)の場合は、中緯度の方が気圧が高く、暖冬になると言われている。逆に、指数が負(-)の場合は、北極の方が気圧が高く、中緯度に寒気が流れ込んできて寒い冬になると言われている。2014年の場合は、北極振動指数が負に振れた状態になり、ジェット気流が米中西部あたりまで大きく蛇行して、北米の広い範囲に大寒波をもたらした。しかし、その原因はまだよく分かっていなかった。
今回の大寒波が同じ原因かどうかはわからないけど。

関連記事、サイトはこちら。
気象庁
世界の年平均気温の偏差の経年変化:http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html
地球全体の二酸化炭素の経年変化:http://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/co2_trend.html
NOAA (アメリカ海洋大気庁)
Climate Change: Global Temperature:https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-global-temperature
Climate Change: Atmospheric Carbon Dioxide:https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-atmospheric-carbon-dioxide
Climate Change: Global Sea Level:https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-global-sea-level

Date: 2018/01/08
Title: 謎の変光星、原因は「宇宙人文明」でなく「宇宙塵」か?
Category: 宇宙
Keywords: 変光星、宇宙塵


ネットのニュースを検索していたら、面白い記事を見つけた。それは
「謎の変光星、原因は「宇宙人文明」でなく宇宙塵 研究」
という記事だ。

夜空に散りばめられた星々。これらの星からの光は、大気の揺らぎによって瞬くこともある。しかし、大気の揺らぎによるものではなく、明るさ(等級)が変わる星がある。変光星だ。変光星は明るさが変わる要因によって、大まかに次の6つに分類される。

(1) 爆発型変光星
恒星の外層や大気の爆発によって変光する星で、明るさの変化に規則性はない。
(2) 脈動型変光星
星が膨張と収縮を繰り返すことによって、周期的に明るさが変化する星だ。
(3) 回転変光星
表面の明るさの分布が一様でない星が自転することで、明るさが変化して見える星だ。
(4) 激変星
超新星のように爆発的に増光する星だ。
(5) 食変光星
共通の重心の周りを回っている連星が、お互いの星の光を覆い隠すことによって、見かけの明るさが変わる星のことだ。食連星ともいう。
(6) X線変光星
文字通りX線源のうちX線の強度が変化している星のことだ。

しかし、これらに分類されない風変わりな変光星もある。それは地球から見てはくちょう座の方向に約1500光年離れたところにある「KIC8462852」だ。


「KIC8462852」の想像図
[Credits: NASA/JPL-Caltech]
2015年9月、NASA (米航空宇宙局) が運用する系外惑星探査機「ケプラー (Kepler) 」の観測で、2011年から2013年にかけてこの星が極めて不規則に減光する様子が観測され、さらには一度の減光で 15~22% も明るさが暗くなることが発表された。太陽より大きなこの恒星(半径は太陽の 1.58 倍、質量は太陽の 1.43 倍で、表面温度も太陽より 1000 度ほど高い)は、明るさの変化のパターンが異常なため「宇宙で最も神秘的な星」と言われている。あるいは論文の主筆者タベサ・ボヤジャン氏 (Tabetha Boyajian、米ルイジアナ州立大学助教 (Assistant Professor))の名前にちなんで「タビーの星」というニックネームで呼ばれている。

減光の原因として、論文の著者らは、ケプラー探査機の不具合、恒星自体によるもの、近くにある赤色矮星の影響、星間塵や彗星から放出された断片など、様々な自然要因のシナリオを考えていた。その一方で、KIC8462852 の変光パターンとして、地球外文明による巨大構造物の大群(例えば、宇宙人の太陽光発電パネル)が原因とする説を唱える人もいたようだ。

しかし、市民科学者グループ「プラネットハンターズ」は、NASAのケプラーミッションで収集された膨大な量の観測データを詳細に調査して、タビー星の奇妙な挙動を発見した。100人以上の研究者からなる研究チームを率いるルイジアナ州立大学助教タベサ・ボヤジャン氏によれば、「先入観のない目で宇宙を見る人々がいなかったら、タビー星という風変わりな星は見過ごされたかもしれない」という。そして、タビー星の研究のために、クラウドファンディング「キックスターター」で1700人以上の人々から合計10万ドル(約110万円)の寄付が集まった。そして、米ラス・クンブレス天文台 (Las Cumbres Observatory) の天文学者チームは、2016年3月から2017年12月にかけて、タビー星の綿密な観測を行ない、2017年5月から始まった4回の減光現象を観測した。

研究チームを率いるタベサ・ボヤジャン氏によれば、「星が減光してまた明るくなる原因としては塵(宇宙塵)が最も可能性が高い。新しいデータは、異なった色の光は異なった強度でブロックされていることを示している。したがって、私たちと星の間を通り抜けているものは、惑星や宇宙人の巨大構造物から期待されているように、不透明ではない」という。つまり、研究チームは今回の研究から、タビー星の減光の原因として、宇宙人による巨大構造物説を除外することができたということだ。

つまり、風変わりな変光星の原因は”宇宙人”(が作った巨大構造物)ではなく”宇宙塵”かも、ということのようだ。まぁ、日本語の読みはどちらも「うちゅうじん」だけど。

しかし、宇宙塵が変光の原因である可能性は高いということは言えるが、まだわかっていないことも多いようだ。今後の研究に期待しよう。

関連記事はこちら。
AFPBB News の記事(今回の記事):http://www.afpbb.com/articles/-/3157364?pid=&page=1
AFPBB News の記事(以前の記事):http://www.afpbb.com/articles/-/3063760
ルイジアナ州立大学の記事:http://www.lsu.edu/mediacenter/news/2018/01/03physastro_boyajian_apj.php
ラス・クンブレス天文台の記事:https://lco.global/news/new-data-debunks-alien-megastructure-theory-on-the-most-mysterious-star-in-the-universe/
ペンシルベニア州立大学の記事:http://news.psu.edu/story/499449/2018/01/03/research/alien-megastructure-not-cause-behind-most-mysterious-star-universe
NASA の記事:https://www.nasa.gov/feature/jpl/strange-star-likely-swarmed-by-comets