かがくのつまみ食い 2020

サイエンス関連のトピックスを集めてみました。このページは2020年に書いたトピックスです。

 

Date: 2020/12/22
Title: 木星と土星が大接近(2020年12月)
Category: 太陽系
Keywords: 木星、土星、最接近


ここしばらくの間、日没後の南西の空の低い位置に木星と土星を見ることができるが、今日の午前3時頃に今期で最も接近したようだ。しかし、日本ではこの時間帯では見ることができないので、日本で二つの惑星が最も接近した状態で観察できたのは昨日の日没後だったようだ。


昨日の夕方はみることができなかったので、今日は夕方早めに帰宅して、何とかベランダから写真を撮ることができた(天体望遠鏡は持っていないので、写真は一眼レフ+500mmズームで撮った)。写真を拡大してみると、土星はそれっぽく(何となく環のようなものが)写っていたが、木星の縞模様らしきものは映っていなかった(まぁ、ボクの腕ではこれが限界かな)。天体望遠鏡があれば、もっとはっきり写っていただろうし、衛星も見ることもできたかもしれない。残念だが、仕方がない。


Jupiter & Saturn -1
木星(左)と土星(右)
Jupiter & Saturn -2
木星(左)と土星(右)。拡大するとこうなります


中心天体(この場合は太陽)の周りを回る二つの天体(この場合は木星と土星)が、中心天体から見て同じ方向に来る現象を「会合」というのだが、木星の公転周期は約12年(11.86年)、土星の公転周期は約30年(29.53年)だが、軌道上を1年で木星は約 30°(360°÷12=30°)、土星は約 12°(360°÷30=12°)動いていくので、木星と土星の間隔は1年で約 18° ずつ開いていくことになる。したがって、木星と土星が会合してから次に会合するまでの時間(会合周期)は約20年ということになるのだ [1]


今回、木星と土星の最も接近したときの(地球からの)見かけの間隔(離角)は約 0.1° で、これは満月の5分の1程の距離まで近づいたことになる。前回、地球から見てこれ程までに接近したのは1623年7月17日のことで(離角は 0.09°)、これはガリレオが望遠鏡で木星の4つの衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)を発見して(1610年)13年後のことだった。ちなみに、次の大接近は2080年3月15日(離角は 0.1°)なので、今回を見逃すともう見られなくなるのだ(その頃には僕はもう生きていないよ!)。


このように約20年周期で会合する木星と土星だが、地球から見た離角は毎回異なる。というのも、地球と木星、土星の軌道は同一平面内にあるわけではなく、地球の軌道面に対して、木星と土星の軌道面はわずかに傾いているからだ。この傾きを軌道傾斜角というのだが、木星と土星の軌道傾斜角はそれぞれ 1.30°、2.49° だ。なので、地球から見て同じ方向に位置していても、地球の軌道面に対してわずかに上下にずれて見えるのだ。


この木星と土星のコラボは、今後はお互いの距離が離れていき、しかも西の地平線に沈む時刻が早くなるので、今のうちに楽しんでおこう。


関連記事はこちら。

国立天文台の記事:

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2020/12-topics02.html

AstroArtsの記事(1):

http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11653_ph201221

AstroArtsの記事(2):

http://www.astroarts.co.jp/special/2020jupiter_saturn/index-j.shtml?ref=side


[1] 木星の公転周期を \(P_\rm{J}\) 、土星の公転周期を \(P_\rm{S}\) とすると、木星と土星の会合周期 \(P\) の間には次の関係がある。

\begin{align} \it \frac{\rm 1}{P} = \left|{\frac{\rm 1}{P_{\rm J}}-\frac{\rm 1}{P_{\rm S}}}\right| \end{align}

この式から木星と土星の会合周期は \(P = 19.82\) 年、つまり約20年となる。

Date: 2020/11/07
Title: 木星の衛星は全部で何百個もあるかも?
Category: 太陽系
Keywords: 木星、衛星、個数


ちょっと前の記事だが、興味深い記事を見つけた。それは、
「木星の衛星は全部で数百個あるかも? 研究者は次世代の観測手段に期待」
という記事だ。


太陽系最大の惑星である木星。木星が従える衛星は現時点で79個が確認されているが、実際はもっとあり、ひょっとすると数百個あるかも、ということらしい。


Jupiter
木星の画像
[Image credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Kevin M. Gill]

木星の衛星発見の歴史をザックリ紐解くと、木星に衛星があるのを最初に発見したのは、あのガリレオ・ガリレイで1610年のことだった。ガリレオはその2年前にオランダの眼鏡職人リッペルスハイによって望遠鏡が発明されたことに刺激を受けて自ら望遠鏡を製作し、実際に天体観測を行っていた。そして自作の望遠鏡を木星に向けて、今日ガリレオ衛星と総称されているイオ(Io)、エウロパ(Europa)、ガニメデ(Ganymede)、カリスト(Callisto)の4つの衛星を発見したのだ [1] 。その後360年程の間に地上からの観測によって9個の衛星が確認された。そして1975年にはアメリカの天文学者らによってテミスト(Themisto) [2] が発見されたが、軌道を確定するだけの十分な観測がないままにすぐに見失われ、2000年になって再発見された。さらに1979年にはNASA(米航空宇宙局)の無人宇宙探査機ボイジャー1号によって衛星メティス(Metis)とテーベ(Thebe)が、同じくボイジャー2号によって衛星アドラステア(Adrastea)が発見された。1999年以降になると衛星が続々と発見され、現時点で衛星の総数は79個となっているのだ。


さて、今回の記事に関してだが、カナダのブリティッシュコロンビア大学の研究チームは、ハワイのマウナケア山頂にあるカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡(Canada-France-Hawaii Telescope: CFHT)によって2010年9月8日に取得された観測データを分析した結果、明るさが25.7等級(直径800m程に相当する)までの天体52個を検出した。それらのうち7個は既に知られている木星の不規則衛星であることがわかったそうだが、残りの45個はほぼ確実に木星の周りを逆向きに回っている逆行衛星だという。1平方度 [3] の範囲(満月およそ4個分)を観測して検出された45個の天体が実際に木星の衛星だと仮定すると、研究者たちは、直径 800 km 以上の大きさの衛星の総数は600個ほどになると見積もっている。


しかし、今回検出された45個の天体はまだ木星の衛星だと確認されたわけではなく、結論づけるには追加の観測が不可欠で、研究者たちは次世代の観測手段による再発見に期待を寄せているようだ。


その時を気長に待つことにしよう。


関連記事はこちら。

soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20200911-jupiter.html

Sky & Telescopeの記事:

https://skyandtelescope.org/astronomy-news/jupiter-could-have-600-moons/


[1] 木星を表す英語「Jupiter」は古代ローマ神話の神ユーピテルを語源としているが、ユーピテルはギリシャ神話ではゼウスと同一視され、4つの衛星が木星(ユーピテル=ゼウス)に付き従っている様から、ゼウスの愛人だった4人の名前イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストが付けられた。命名したのはドイツの天文学者で医師でもあるシモン・マリウスで、1614年のことだった。ガリレオ自身はこの4つの衛星を「メディチ家の星」と呼んでいた。


[2] この衛星が公式に命名されたのは2002年のことで、ギリシャ神話の女性テミスト(ゼウスの愛人?)の名がつけられた。


[3] 1平方度は一辺を1度とする正方形と同じ面積を持つ球面を切り取る立体角のこと(単位は deg2 )。満月の見かけの大きさは約 0.5 度(30 分角)なので、見かけの面積は約 0.25 平方度になる。したがって、1平方度は満月4個分の見かけの面積に相当する。ただし、1平方度は国際単位系(SI単位系)ではないので、SI単位系では立体角の単位は sr(ステラジアン)を用いる( 1 deg2 ≒ 0.000305 sr )。

Date: 2020/10/31
Title: ベテルギウス 思ったより小さくて近いかも?
Category: 宇宙
Keywords: ベテルギウス、脈動、大きさ、距離


2019年10月頃から2020年4月頃にかけてオリオン座の赤色超巨星ベテルギウスが大幅に暗くなって、超新星爆発の前兆かもと話題なっていたが、そのベテルギウスに関して新たな研究結果が発表されたようだ。


Betelgeuse
アルマ望遠鏡が捉えたベテルギウス
[Image credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/E. O’Gorman/P. Kervella]

発表したのはオーストラリア国立大学(Australian National University)などの国際研究チームで、研究者たちは流体力学や星震学のモデルを使ってベテルギウスの脈動を分析した。その結果、ベテルギウスの中心核ではヘリウムによる核融合反応が起きている段階で、超新星爆発を起こす段階にはなく、爆発までには10万年ほどかかるかもしれないという。


さらに、ベテルギウスの大きさと、地球からの距離についても新しい結果が出たようだ。従来、ベテルギウスの大きさは太陽半径の1000倍程もあり、仮に太陽の位置にベテルギウスを置いたなら、その大きさは火星の軌道をはるかに超えて木星軌道付近に達するほどだと見積もられていた。そして地球からの距離も700光年ほどと見積もられていた。


しかし、今回の研究では、ベテルギウスの大きさは太陽半径の750倍ほどで、これは木星軌道の3分の2ほどであるという。さらに地球からの距離も530光年ほどとも積もられていて、これは従来考えられていた値より 25% も小さい値だ。近くなったとはいえ地球からは十分離れたところにあり、仮に超新星爆発を起こしても、地球には大きな影響はないと考えられている。


今回の研究から、ベテルギウスが超新星爆発を起こすまでには10万年ほどかかりそうだ。とはいえ、ベテルギウスは、将来超新星爆発を起こしそうな星のうち、地球に最も近い候補の一つだ。そして、星が超新星爆発を起こす前にどのようなことが起こるのかを研究する貴重な機会を与える星なのだ。今後の研究にも目が離せないのだ。


関連記事はこちら。

アストロピクスの記事:

https://astropics.bookbright.co.jp/betelgeuse-smaller-closer-than-first-thought

オーストラリア国立大学の記事:

https://anu.prezly.com/supergiant-star-betelgeuse-smaller-closer-than-first-thought

Astrophysical Journalの論文(概要):

https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/abb8db

Date: 2020/08/29
Title: ベテルギウスの減光は塵が原因か? そして再び減光
Category: 宇宙
Keywords: ベテルギウス、減光、塵


去年の年末から今年の初めにかけてオリオン座の赤色超巨星ベテルギウスが大幅に暗くなっていることが話題になっていたが、この減光の原因として二つの可能性が提唱されていた。一つは「ベテルギウス自身が放出した塵」が原因とする説、もう一つは「ベテルギウスの表面に生じた巨大な黒点」が原因とする説だ。これに対して、今回、ハッブル宇宙望遠鏡などによる観測で、塵が原因であるという説を支持する研究結果が発表された。


論文を発表したのは、ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(Harvard Smithsonian Center for Astrophysics: CfA)などの研究チームで、彼らは2019年10月から11月にかけて、ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)を使って紫外線波長域での観測を行った。その結果、ベテルギウスの南半球から大量の高密度・超高温のプラズマが、ベテルギウスの大気中を外側の星間空間に向かって時速 30万 km 超という高速で移動することが捉えられた。

そしてこのプラズマがベテルギウスから数百万 km 離れたところで冷やされて塵の雲が形成された結果、地球から見てベテルギウス表面の約 1/4 からの光が遮られたことで、大幅な減光として観測されたと研究者たちは考えているようだ。


論文の主筆者であるアンドレア・デュプリー(Andrea Dupree)氏によると、どんな恒星も星間空間に向かって物質を放出しているが、ベテルギウスはこの時太陽の3000万倍ものペースで質量を失っていて、これは通常の2倍の物質量が南半球だけで放出されたものだという。他の高温で明るい星で、質量を失って塵を形成して急速に暗くなる事例が分かっているが、このようなことは1世紀半以上の間、ベテルギウスでは起こっておらず、極めて稀なことだという。


Betelgeuse
ベテルギウスからプラズマが放出され、塵が形成される様子の想像図
[Illustration credit: NASA, ESA, and E. Wheatley (STScI)]

さらに、スペイン領カナリア諸島テネリフェ島にあるテイデ天文台(Teide Observatory)にあるSTELLA望遠鏡(STELLar Activity)を使った観測では、スペクトル中の吸収線のドップラー効果を調べることで、ベテルギウスの脈動サイクルの間の膨張・収縮による星の表面の速度の変化が測定された。その結果、吸収線が青方偏移していること、つまり星が膨張していたことが確認された。この膨張が大気を通してプラズマが放出されるのを推進している可能性があるという。そして、星が暗くなり始めると青方偏移が小さくなり(膨張速度が遅くなり)、最も暗くなった時に吸収線は赤方偏移に転じた(収縮に転じた)という。星が減光が何らかの方法で光球の膨張と収縮と関係があるに違いないことは分かっていたが、それだけでは今回のような大幅な減光を引き起こすことはできないという。


その一方で、オリオン座が昼間の空に移動した時、ハッブル宇宙望遠鏡やSTELLAではベテルギウスを観測することは困難なので、研究者たちはNASAの太陽観測衛星STEREO(Solar TErrestrial RElations Observatory)を使ってベテルギウスの明るさを観測した。2020年6月末から8月初めにかけて行われた観測ではもっと驚くことが明らかにされた。ベテルギウスが再び暗くなっていたのだ。ベテルギウスは通常約420日周期で減光するが、前回最も減光したのは今年の2月なので、この新たな減光は1年以上も早いことになる。


2019年末から2020年初めにかけてベテルギウスが大幅に暗くなったことは、天文学者の中にはこの赤色超巨星が超新星爆発を起こす前兆ではないかと考える人もいた。ベテルギウスは地球からの距離は約725光年と近く、今日地球で見られるベテルギウスの明るくなったり暗くなったりする姿は、1300年頃にベテルギウスから放たれた光によるものだ。しかし、星が爆発する数週間前あるいは数日前にどのような振る舞いをするのかは誰も知らない。ベテルギウスは超新星爆発に向けて準備をしているのかもしれない。だが、僕らが生きている間に爆発する可能性は少ないかもしれない。しかしそれは誰にもわからない。


ベテルギウスの明るさをモニタするためSTEREOを使って引き続き観測が計画されているようだ。

今後もベテルギウスからは目が離せないのだ。


関連記事はこちら。

soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20200814-betelgeuse.html

ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの記事:

https://www.cfa.harvard.edu/news/scientists-suggest-stellar-sneeze-reason-betelgeuses-massive-dimming-early-2020-and-say-it-may-be

NASAの記事:

https://www.nasa.gov/feature/goddard/2020/hubble-finds-that-betelgeuses-mysterious-dimming-is-due-to-a-traumatic-outburst

Date: 2020/07/27
Title: 太陽探査機ソーラー・オービター 最初の画像を公開 - 小規模フレアを初観測
Category: 太陽系
Keywords: 太陽探査機、オーラ―・オービター、小規模フレア


ちょっと前のことだが、ネットのニュースをチェックしていたら、CNNの次のニュースを見つけた。


「太陽探査機の最接近画像公開、表面の小規模フレアを初観測」


欧州宇宙機関(ESA)と米航空宇宙局(NASA)が今年2月に打ち上げた太陽探査機「ソーラー・オービター(Solar Orbiter)」が撮影した最初の画像が公開された。これは観測史上最も太陽に近づいて撮影されたものだ。その距離は太陽から約 7700万 km と、太陽から地球までの距離(約 1億5000万 km)のおよそ半分ほどで、金星の軌道(平均の公転半径は約 1億820万 km)より内側だ。


solar orbiter
太陽に最接近するソーラー・オービターの想像図 [©︎ ESA]

ESAのWebサイトによれば、ソーラー・オービターのミッションは、太陽に接近し、また高緯度から太陽を研究し、太陽の極の最初の画像を提供して、太陽圏を調査することだ。具体的には、

  • 太陽風を吹かせているのは何か? そして、宇宙の天気は地球にどのようなインパクトを与えるか?
  • 太陽活動の11年周期をコントロールしているのは何か?
  • 太陽の内部で磁場がどのようにして発生するのか?

というようなことを調査するのが目的だ。そのために、以下の10個の観測機器が搭載されている。

  1. EPD: Energetic Particle Detector(エネルギー粒子検出器)
  2. EUI: Extreme Ultraviolet Imager(極紫外撮像装置)
  3. MAG: Magnetometer(磁気計)
  4. Metis: Coronagraph(コロナグラフ)
  5. PHI: Polarimetric and Helioseismic Imager­(偏向・日震撮像装置)
  6. RPW: Radio and Plasma Waves(電波・プラズマ波分析器)
  7. SoloHI: Heliospheric Imager(太陽圏撮像装置)
  8. SPICE: Spectral Imaging of the Coronal Environment(コロナ環境スペクトル撮像装置)
  9. STIX: X-ray Spectrometer/Telescope­(X線分光計/望遠鏡)
  10. SWA: Solar Wind Plasma Analyser(太陽風プラズマ分析器)

今回公開された画像には、「キャンプファイアー(campfires)」と呼ばれる小規模のフレアが捉えられている。この画像は極紫外撮像装置(EUI)で撮影されているが、その装置は太陽のコロナを高分解能で撮影することができる装置だそうだ。このキャンプファイアーは地球から見ることのできるフレアの100万分の1から10億分1と、非常に小さいサイズで、太陽表面の至る所に点在しているという。


campfires
太陽表面の微笑フレア(矢印で示してある)
[Credits: Solar Orbiter/EUI Team (ESA & NASA);
CSL, IAS, MPS, PMOD/WRC, ROB, UCL/MSSL]

キャンプファイアーは大きなフレアの単なる小さなバージョンなのか、また、どのようなメカニズムで発生しているのかはまだ分かっていない。しかし、この小さなフレアが、太陽の最も謎めいた現象の一つである「コロナ加熱」に寄与しているのではないかと考えられているようだ。個々のキャンプファイアー自体は全く重要ではないが、太陽全体にわたって足し合わせて考えると、コロナ加熱の主な要因になっているのではないかと、研究者は語っている。


太陽の大気の最上層であるコロナは、外側の宇宙空間に向けて 何百万 km も広がっている。その温度は 100万 K 以上もあり、太陽の表面温度(5800 K)より何桁も高い温度だ。コロナ加熱問題は過去数十年にわたって研究されてきたが、まだ完全には理解されていない未解決の問題だ。そのため、そのメカニズムを解明することは、研究者の間では「聖杯」とみなされているようだ。


今回公開された最初の画像では、興味深い新しい現象が確認されたが、研究者によれば、最初からこれほど素晴らしい結果が出るとは期待していなかったという。しかし、これは始まりに過ぎない。ソーラー・オービターは最終的に太陽から4200万kmまで最接近する予定だという。これは太陽から地球までの距離のほとんど1/4に相当する距離で、水星の軌道の内側にまで太陽に近づくことになる。


今回のミッションでは、他にも太陽の北極圏・南極圏の画像の撮影(これは未知の領域だ)、磁場の観測や、太陽風の観測など、様々な観測が予定されているようだ。これによって、太陽の謎が一つひとつ明らかにされていくことを期待したい。


関連記事はこちら。

CNNニュース記事:

https://www.cnn.co.jp/fringe/35156936.html

Newsweekの記事:

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-93989.php

ESAの記事:

https://www.esa.int/Science_Exploration/Space_Science/Solar_Orbiter/Solar_Orbiter_s_first_images_reveal-campfires_on_the_Sun

NASAの記事:

https://www.nasa.gov/feature/goddard/2020/solar-orbiter-returns-first-data-snaps-closest-pictures-of-the-sun/

Natureの記事:

https://www.nature.com/articles/d41586-020-02136-4

Date: 2020/07/05
Title: 夏の夜空に輝く「夏の大三角」- デネブ、アルタイル、そしてベガ
Category: 宇宙
Keywords: 夏の大三角、デネブ、アルタイル、ベガ


7月になったが相変わらず梅雨空が続いている。

7月になると梅雨明けはいつになるのか気になってくる。

そして 7月と言えば七夕 だ。

この時期、晴れた日の夜空には「夏の大三角(または夏の大三角形)」を見ることができる。


同じように冬空には「冬の大三角」が見られるが、冬の大三角がほぼ正三角形をしているのに対して、夏の大三角は二等辺三角形に近い形をしている。


夏の大三角を形づくる星は

  1. はくちょう座の \(\alpha\) 星 デネブ(Deneb)
  2. わし座の \(\alpha\) 星 アルタイル(Altair)
  3. こと座の \(\alpha\) 星 ベガ(Vega)

で、いずれも夏の夜空を代表する星だが、ベガとアルタイルは天の川を挟んで向かい合っていて、七夕伝説の星としても知られている。


summer_triangle2
夏の大三角
図では示していないが、ベガとアルタイルの間に
天の川があり、はくちょう座は天の川の中を
飛んでいる格好になる。

では、この3つの星を一つひとつ見ていこう。


1. デネブ


はくちょう座の \(\alpha\) 星であるデネブは、天の川の上に翼を広げた”はくちょう”の尻尾のところに位置し、はくちょう座で最も明るい星で、視等級(見かけの等級)は 1.25 だ [1] 。実際の明るさは太陽の6万倍以上(NASAのサイトでは10万〜20万倍)と言われている。こんなに明るいのに、肉眼では他の2つの星とあまり変わらないように見えるのは、デネブだけが太陽系から1500〜3000光年も離れているところにあるからだ [2]


デネブの大きさは太陽の200〜300倍、質量は太陽質量の20〜25倍もり、スペクトル型は A2 の白色超巨星だ。年齢は約1000万年と推定されていて、数千万年後には赤色超巨星となり、超新星爆発を起こすと考えられている。


2. アルタイル


わし座の \(\alpha\) 星であるアルタイルは、七夕の彦星(ひこぼし、牽牛星(けんぎゅうせい)とも呼ばれる)としても知られている。視等級は 0.76、実際の明るさは太陽の11倍、太陽系からの距離は16.7光年で、デネブに比べると非常に近い位置にある。


アルタイルは高速で自転していて、自転周期は9時間程しかない(ちなみに、太陽の自転周期は赤道付近で約25日だ)。赤道上の速度は約 300 km/s に達し、恒星が崩壊する速度の 90% にも達すると言われている。そのため、その形は球形ではなく潰れた形状になっていることが知られている。大きさは極半径が太陽半径の約1.6倍、赤道半径が約2.0倍、質量は太陽質量の約1.8倍、スペクトル型は A 型の主系列星だ。


さらに、アルタイルは直接画像が得られている数少ない恒星の一つだ。2007年にミシガン大学の研究者らは、ジョージア州立大学によって運営されているCHARA(高分解能天文学センター:Center for High Angular Resolution Astronomy)アレイ干渉計を使ってアルタイルの表面の画像を作成した。これは太陽以外の主系列星で初めて表面の画像が得られたことだった。これによって、アルタイルは極半径に対して赤道半径が 22% 大きい潰れた形状をしていることが確認された。


3. ベガ


こと座の \(\alpha\) 星であるベガは、七夕の織姫星(おりひめ、織女星(しょくじょせい)とも呼ばれる)としても知られている。視等級は 0.03 [1]、実際の明るさは太陽の約51倍、太陽系からの距離は25光年で、アルタイルよりはやや遠いものの、デネブに比べると非常に近い距離にある。大きさは太陽半径の約2.7倍、質量は太陽質量の2.6倍、スペクトル型は A 型の主系列星だ。


2006年には、アルタイルと同様にデネブも自転周期12.5時間という高速で自転していて、その速さは遠心力でベガ自身が引き裂かれる臨海速度の 90% にも達していることが明らかにされている。また、高速で自転しているので、極半径に対して赤道半径が 23% 大きい潰れた形状をしていて、極付近に比べて赤道付近は数千度も温度が低いことも判明している [3]


2013年には、ベガには巨大な小惑星帯が存在することが明らかになり(外側のベルトは冷たく、内側は暖かく、岩石質と考えられている)、未発見の複数の惑星がベガの周りを回っている可能性もあるという。ベガには太陽系によく似た惑星系があるのかもしれない。


ところで、地球の地軸は23.4度傾いていて、公転面の垂直な方向に対して地軸は約26,000年周期でゆっくり円を描くように動いていく。このような地球の運動を「歳差」運動という。現在、地軸の北側の延長線上にあるのは”現在の”北極星だが、この歳差運動のため、”将来の”北極星は円周上にある別の星が北極星となる。そして、今から約12,000年後にはベガが「北極星」になると考えられている。


余談だが、ベガの名前は七夕伝説以外でもよく知られるようになった。それは、アメリカの天文学者でSF作家でもあったカール・セーガン(Carl Edward Sagan, 1934 – 1996)のSF小説『コンタクト』をもとにしたハリウッド映画『コンタクト』だ(1997年公開)。主演のジョディー・フォスター演じる天文学者エリナー”エリー”・アロウェイは、SETI(地球外知的生命体探査)プロジェクトで研究を行なっていたが、彼女はついにベガから送られ続けている電波信号を受信する。その信号は変調されていて、ベガへの移動装置の設計図が含まれていたというものだ。


七夕の日の7月7日は日本の広い地域で梅雨の真最中なので、残念ながらこの日に夏の大三角形を見ることができそうにないが、梅雨が明けて晴れた夜空が望めるようになるまで待つことにしよう。


関連記事・サイトはこちら。

AstroArtsの記事:

http://www.astroarts.co.jp/special/2020tanabata/index-j.shtml

米国立科学財団(NSF)の記事:

https://www.nsf.gov/news/news_summ.jsp?cntn_id=109612

Space.comの記事:

https://www.space.com/21719-vega.html


[1] デネブは視等級が 1.21〜1.29 の範囲で変化するはくちょう座α型変光星(脈動型変光星)だ。ベガは視等級が -0.02〜0.07 の範囲で変化するたて座δ型変光星(これも脈動型変光星の一種)だ。ともに明るさの変化はわずかなので、肉眼では明るさの変化はわからない。


[2] 太陽系からの距離がこんなに幅があるのは、非常に遠くにあるため年周視差が非常に小さく(約 2.3 ミリ秒)、正確な距離を求めることが困難なためだ。1989年に欧州宇宙機関(ESA)によって打ち上げられた高精度位置天文衛星ヒッパルコス(Hipparcos、1993年まで運用)による観測では、約1400光年の距離にあるとされている。


[3] ベガは極方向を地球に向けているので、極方向に潰れた形状を直接観測することはできない。

Date: 2020/05/23
Title: 天の川銀河の中心にある超巨大ブラックホール「いて座A*」の「瞬き」を検出
Category: 宇宙
Keywords: 天の川銀河、超巨大ラックホール、いて座A*


先週久しぶりにブラックホールに関する話を書いたが、今回もブラックホールがらみの話だ。


去年の4月、世界中の8つの電波望遠鏡をつなぎ合わせて、これまでにない感度と解像度を実現した地球サイズの仮想的な望遠鏡を作り上げる国際協力プロジェクト・イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT)が、世界で初めてブラックホールの撮影に成功したということが話題になった。このときブラックホール・シャドウが撮影されたのは、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心にある超巨大ブラックホールだった。そして、我々の銀河(天の川銀河)の中心にある超巨大ブラックホールもEHTの観測対象になっていた。


Sagittarius A*
NASAのチャンドラX線観測衛星が捉えた
いて座A*(Sgr A*)(Wilpediaより)
[NASA / Public domain]

天の川銀河の中心部には「いて座A*(エー・スター)」と呼ばれる電波源があるが、そこには太陽質量の約400万倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでいると考えられている。そのブラックホールの周りには「降着円盤」と呼ばれるガスの円盤があると考えられていて、これはブラックホールに吸い込まれるガスが、ブラックホールの周りを周回しながら円盤を形成しているもので、そのときガスは高温に熱せられ、そこから強い電波を放出していると考えられている。これを地球から観測すると「いて座A*」という電波源として観測されるが、その電波強度は時時刻刻と変化してる。


今回、慶應義塾大学、JAXA・宇宙科学研究所、国立天文台の研究チームは、南米チリのアタカマ砂漠に設置されているアルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 - Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)を使った観測で、いて座A*の”瞬き”を観測したという。


彼らはALMAで観測した10日間のいて座A*の電波強度を解析したところ、1時間以上かけてゆっくり変化する一方で、時折30分程度の”瞬き”のような短い周期の変動があることがわかり、2つの変動は次のように考えらるという。

Sagittarius A*
超巨大ブラックホールとその近郷を
周回する熱いガスの塊の想像図
[Credit: 慶應義塾大学]

まず、ゆっくりとした変動は、これまで指摘されてきたような降着円盤の粘性を反映したものと考えられる。

一方、約30分の周期は降着円盤の最も内側での回転周期に相当し、その距離は中心から0.2天文単位 [1] とブラックホールのごく近傍での現象に起因している可能性がある。そして、そのメカニズムは、降着円盤内で熱いガスの塊「ホット・スポット」が発生し、それが回転することで相対論的ビーミング効果 [2] によって周期的な強度変化が起きていると、研究チームは解釈しているという。


イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)の観測対象になっっている「いて座A*」だが、今回の研究結果から、いて座A*から放射される電波強度が刻々と変化しているため、長時間の観測を必要とするEHTでのブラックホール・シャドウの直接撮影は容易ではないと、研究チームは考えているようだ。



そうか~。難しいんだ。期待していたんだがなぁ…。


しかし、いて座A*の電波強度の変動が降着円盤内のホット・スポットに起因しているならば、高感度の観測を継続していくことで、周囲のガスがブラックホールの周りを旋回しながら吸い込まれていく様子を描き出すことが期待されるという。これは、一般相対性理論で記述される強い重力場の下の時空構造の研究の進展につながることなのだ。こちらの方も期待したいところだ。


関連記事・論文はこちら。

国立天文台の記事:

https://www.nao.ac.jp/news/science/2020/20200511-alma.html

アルマ望遠鏡のサイトの記事:

https://alma-telescope.jp/news/press/sgra-202005

慶應義塾大学のプレスリリース:

https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2020/5/11/28-69769/

The Astrophysical Journal Lettersに掲載された論文:

https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ab800d

soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20200512-sgra-star.html

AstroArtsの記事:

http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11254_sgr_a


[1] 1天文単位とは、太陽と地球の平均距離に相当し、その値は約 1億5000万 km なので、0.2天文単位は約 3000万 km の距離となる。
[2] 相対論的ビーミング効果:光速度に近い速度で運動している放射源からの放射は、放射源の進行方向に集中する。さらに、放射ビームの方向から見ると、ドップラー効果によって放射エネルギーが上昇して観測される。

Date: 2020/05/17
Title: 地球から一番近いブラックホール発見 1000光年先の連星系に
Category: 宇宙
Keywords: ブラックホール、地球から1000光年先、HR 6819、連星系


ネットのニュース記事を検索していたら、興味深い記事を見つけた。

それは、地球から1000光年先にある連星系でブラックホールが発見され、これがこれまでで地球に一番近いブラックホールという内容の記事だ。


僕らの銀河系(天の川銀河)にはおおよそ2000億〜4000億の恒星があると考えられているけど、ブラックホールも数億個程度あると考えられている。実際には、これまで20個ほどのブラックホールが見つかっているだけだが、このほど、地球から約1000光年の距離にあるブラックホールが発見され、これはこれまでで最も地球に近い場所で見つかったブラックホールだ。


発見したのはヨーロッパ南天天文台(European Southern Observatory:ESO)の天文学者らの研究チームで、彼らはチリにあるラシヤ天文台(La Silla Observatory)にある MPG/ESO 2.2m 望遠鏡を使って南天の「ぼうえんきょう座」の方向約1000光年の距離にある恒星「HR 6819」を観測しているときにブラックホールの存在に気がついたのだ。


ぼうえんきょう座?

一体夜空のどの方向に見えるのだ?


JAXA宇宙情報センターのサイトによると、ぼうえんきょう座は「18世紀の大航海時代に名づけられた星座で、天文観測に使う望遠鏡の名をとっています。南半球の星座で、さそり座の南にありますので、日本からは石垣島や宮古島など相当南へ行かないと、全体を見ることはできません。星座は望遠鏡らしい形をしており、細長い5角形にしっぽが付いたような姿です。しかし4等星ばかりで構成されているので、見つけにくいでしょう。」だそうだ。


なーんだ、日本からはほとんど見ることができない星座なんだ。


Location of the HR 6819 in the constellation of Telescopium
ぼうえんきょう座(Telescopium)内の HR 6819 の位置(赤丸)
近くにある星座は上から時計回りに、いて座(Sagittarius)、
みなみのかんむり座(Corona Australis)、さそり座(Scorpius)、
さいだん座(Ara)、くじゃく座(Pavo)、インディアン座(Indus)、
けんびきょう座(Microscopium)。
[Credit: ESO, IAU and Sky & Telescope]

まぁ、それはいいとして、HR 6819 とはどんな星なのか?


HR 6819 はぼうえんきょう座の端のほうに位置する連星で、肉眼でも見ることのできる5.3等級の明るさの天体だ。この星は太陽より重く青白く光っている「B3型星」と「Be型星」の連星になっていることが知られている。


研究チームはこの連星 HR 6819 を観測していて奇妙なことに気がついた。B3型星のスペクトルにわずかなふらつきが見られたのだ。このことはB3型星がさらに別の「第3の星」との連星になっていることを意味している。彼らはさらに詳細な観測を行ったところ、B3型星と「第3の星」は40日周期でお互いの周りを回っていることを突き止めた。つまり、HR 6819 はB3型星と「第3の星」の連星系があり、その外側をも一つの星Be型星が回っている「三重連星」だったのだ。


そこで、彼らはさらにB3星と「見えない星」の質量を見積もったところ、B3星は太陽質量の5倍以上、「見えない星」の方は太陽質量の4.2倍以上あることがわかった。太陽質量の4.2倍以上ありながら見えないことから、研究者たちはこの星は「ブラックホール」以外あり得ないと結論づけたのだ [1]


Wide-field view of the region of the sky where HR 6819 is located
ぼうえんきょう座の恒星HR 6819(中央の青い星)
[Credit: ESO/Digitized Sky Survey 2.
Acknowledgement: Davide De Martin]

Artist’s impression of the triple system with the closest black hole
三重連星系HR 6819の想像図
内側にB3型星(水色の軌跡)とブラックホール(赤い軌跡)
との連星系があり、40日周期で互いの周りを回っている。
その外側をもう一つのBe型星が回っている(水色の大きな軌跡)。
[Credit: ESO/L. Calçada]



ここで、これまでブラックホールはどのようにして見つけられてきたのか、ということについて少し書いてみよう。


一般的に、ブラックホールは強い重力場をもっているので、その周囲を回っている物質をどんどん吸い込んでいき、「降着円盤」と呼ばれる高速で回転するガスの円盤が形成される。そして、この高速で回転しているガスは非常な高温になりX線を放射するようになる(つまり、このX線は、大食漢のブラックホールに飲み込まれる物質の「断末魔の叫び」のようなものだ)。このX線を観測することがブラックホール探しの上で重要な指標になるのだ。例えば、はくちょう座にあるX線源「はくちょう座X-1(Cyg X-1)」はこのようにして発見されたブラックホールの候補だ(連星をなす一方の巨星から流出したガスが、もう一方の「見えない星」に吸い込まれる際にX線を放射していた)。さらに、ブラックホールは自転方向に強力なジェットを放出するものもあり、こうした激しい活動を観測することで、ブラックホールの存在を予言できるのだ。


しかし、今回見つかったブラックホールは、そのような激しい活動をしている様子は見られず、じっと息を潜め、誰にも気づかれずにいた。今回、連星系の一方のB3型星の動きを分析することで初めて捉えることができたので、今回の観測はこのような「静かな」ブラックホールを見つける新たな方法を提供するものだ。


天の川銀河には億単位のブラックホールがあると考えられているが、これまでに見つかっているのはそのうちのほんのわずかだ(20個程度)。研究者によると、何を観測すればいいかを知ることで、どこに狙いを定めればいいかその手がかりを与えてくれるものだという。今回の発見は氷山の一角に過ぎないのだ。これから続々と発見されればいいな。


関連記事・サイトはこちら。

soraeの記事:

https://sorae.info/astronomy/20200507-hr6819.html

AstroArtsの記事:

http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11242_hr6819

ナショナルジオグラフィックの記事:

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/050800275/

ヨーロッパ南天天文台(ESO)の記事:

https://www.eso.org/public/news/eso2007/

MPG/ESO 2.2m望遠鏡のサイト:

https://www.eso.org/public/teles-instr/lasilla/mpg22/

Asronomy & Astrophysicsに掲載された論文:

https://www.aanda.org/articles/aa/full_html/2020/05/aa38020-20/aa38020-20.html

JAXA・宇宙情報センター:

http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/telescopium.html


[1] 恒星進化の理論から、白色矮星の質量の上限は太陽質量のおよそ1.4倍(これを「チャンドラセカール限界」という)、中性子星の質量の上限は太陽質量の1.5倍から2.5倍(これを「トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界」という)であることがわかっていて、中性子星の質量の限界を超えたものはブラックホールとなる。

Date: 2020/05/07
Title: 咳やくしゃみをした時、飛沫は一体どのくらい飛ぶのか? マスクの効果は?
Category: 公衆衛生
Keywords: 飛沫、飛ぶ距離、マスク、効果


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大で巣籠もり状態が続いていて、外出は近くのスーパーやコンビニに買い物に行くだけだ(やれやれ、この状態がいつまで続くのやら…と思っていたら、緊急事態宣言は5/31まで延長された)。外出する時は当然マスクをすることになるが、世の中は未だにマスクの品薄状態が続いていて、今ウチにあるマスクがいつまでもつのか不安になってくる。


さて、ネットでニュース記事を検索していたら、咳やくしゃみをした時の飛沫やマスクの効果に関する記事をいくつか見つけた。


まずは、咳やくしゃみをした時、飛沫は一体どのくらい飛ぶのか? ということについて。


電車に乗っていたり、お店で買い物をしている時、近くにいる人が咳やくしゃみをしていたら気になるものだが、新型コロナウイルス感染症が広がっている今のこの時期、余計に気になるものだ(ましてや、その人がマスクをしてなかったら…)。

ナショナルジオグラフィック(電子版)の記事によると、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の流体力学者リディア・ブルイバ氏の研究グループは、咳やくしゃみをした時、飛沫がどのように拡散していくかをハイスピードカメラと照明を用いた実験を行なってきたという。その結果、毎秒2000コマで撮影された画像には、くしゃみをした時の細かなミスト状の飛沫が拡散していく様子が捉えられていて、

  1. 飛沫は最大で秒速 30 m もの速さで人の口から飛び出す。
  2. 飛沫は最大で 8 m ほどの距離まで到達しうる。
  3. 飛沫のサイズによっては、飛沫を含んだ気体(言わば”飛沫の雲”)が何分間もその場にとどまる。

ということがわかったという。


※写真は下記記事・論文を参照してください。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/042100252/

http://news.mit.edu/2014/coughs-and-sneezes-float-farther-you-think

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2763852


感性性の呼吸器疾患を押さえ込むためには、このような”飛沫の雲”がどのように広がっていくかということをきちんと理解することが必要だが、新型コロナウイルス(COVID-19)がどのようにして広がっていくかについて、まだ知見が不足しているという。

世界保健機関(World Health Organization: WHO)や米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)による分類では、呼吸、咳、くしゃみなどで人の口から吐き出される飛沫は、直径が 5〜10 μm よりも大きな飛沫と、それより小さなミスト状の飛沫である「エアロゾル」とに分類されている。そして、新型コロナウイルス感染症は、主に呼吸器から排出される大きな粒子によって拡大すると考えられているようだ。しかし、今回の研究は、「エアロゾル」と呼ばれる小さな飛沫粒子による感染が、これまで考えられてきたより起きやすい可能性がることを示しているという。


社会的距離戦略(Social Distancing)については、WHOによれば少なくとも 1 m、米CDCによれば少なくとも 2 m あけることを推奨しているが、今回の研究を行ったブルイバ氏によると、流体力学が考慮に入れられていないため、これではおそらく不十分だという。氏らの実験では、くしゃみの飛沫がCDCの推奨値の4倍の距離を移動することが記録されている。くしゃみは新型コロナウイルス感染症の主な症状には含まれていないが、感染者で無症状の人がたまたま鼻がムズムズするなどしてくしゃみをした場合、ウイルスを広めてしまうことはありうることだ。


ブルイバ氏の研究結果から言えることは、「咳エチケット」を徹底することの重要性だし、誰もが実践できる重要なことだ。咳やくしゃみをしそうになったら、マスクやハンカチ、服の袖などで鼻と口を覆うことだ。

マスクの着用に関しては、健康な人がマスクを着用することによって呼吸器疾患への感染を防げるという証拠はないと言われている。しかし、新型コロナウイルス感染症の症状が表れていない人が感染を広めることはありうるため、WHOやCDCなどの機関は公共の場への外出時はマスクを着用することを推奨している。 今回の新型コロナウイルス感染症に限らずインフルエンザが流行る時期や花粉症の時期では日本ではマスク着用が当たり前に行われているが、TVのニュース映像を見ると、日頃マスクをする習慣のない欧米などでもマスク着用が日常的な光景になってきているようだ。


それでは、マスクのウイルス拡散防止効果はどれほどのものなのか?


毎日新聞(電子版)の記事によると、米中(香港)の研究チームは、2013年3月から2016年5月にかけて香港の病院で、一般的な風邪の原因であるコロナウイルス、インフルエンザウイルスなどに感染した患者がサージカルマスク(医療用マスク)をすると、飛沫の中に含まれるウイルスの拡散を抑制できることを実験で確かめ、米科学誌「Nature Medicine」に論文を発表したという。そして、「新型コロナウイルスについても、感染拡大を抑えるために、感染者がマスクを着用することによって同様の効果が期待できる可能性がある」としている。


また、日経電子版の記事によると、熱流体解析用ソフトウエア開発を行なっている(株)ソフトウェアクレイドル・開発部の入江智洋氏は、同社製の解析ツール「scFLOW」でくしゃみの様子を解析した。

計算は、

(1)口元を全くカバーしない場合

(2)肘で口元をカバーした場合

(3)マスクを着用した場合

を比較して行なったという。

計算モデルは、

① 2体の人物モデルを向かい合わせで 2 m 離して立たせ、一方の人物モデルがくしゃみをする。

② くしゃみの流速は秒速 10 m で 0.1 秒間持続する。

③ 唾液の液滴は、水と同じ密度で直径 1 μm の10万個の粒子として表し、10回に分けて発生。

④ 粒子に対する空気抵抗と重力を計算に入れる。

⑤ マスクは厚さ 1 mm の不織布を想定し、流速に依存して圧力損失(抵抗)が発生するものと設定。微粒子を捕捉する作用は設定していない。医療用マスクではなく市販マスクを想定し、マスクの周囲には顔との間に 1 cm 以下程度の隙間を設けた。


これらの設定で、タイムステップは 1 ミリ秒で、5 秒間(5000ステップ)分を計算した。その結果、マスクで少なくとも液滴の飛散距離は大きく抑えられることを確認できたという(シミュレーション結果の画像を見ると、微粒子はマスク周囲の隙間から上下方向に吹き出してはいるが、前方にはほとんど進まず、くしゃみをする人の周囲にとどまっていることがわかる)。


これら2つの記事から、咳やくしゃみをするとき、飛沫を飛ばさないようにするために、マスクの着用は効果があることがわかる。

やはり、咳エチケットのためにマスクは必要だね。


関連記事・サイトはこちら。

[1] ナショナルジオグラフィック(日本版)の記事:

くしゃみで病原体は最大 8 m 飛ぶ、“飛沫の雲”も発生

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/042100252/

[2] MITの記事(これは2014年のもの):

In the cloud: How coughs and sneezes float farther than you think

http://news.mit.edu/2014/coughs-and-sneezes-float-farther-you-think

[3] JAMA Networkに掲載された論文:

Turbulent Gas Clouds and Respiratory Pathogen Emissions

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2763852

[4] WHOのサイト:

Protecting yourself and others from the spread COVID-19

https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public

[5] 米CDCのサイト:

Social Distancing, Quarantine, and Isolation

https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/prevent-getting-sick/social-distancing.html

[6] 毎日新聞(電子版)の記事:

「ウイルス拡散防止にマスク有効」 米中チームが米科学誌に発表

https://mainichi.jp/articles/20200420/k00/00m/040/152000c

[7] Nature Medicineに掲載された論文:

Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks

https://www.nature.com/articles/s41591-020-0843-2

[8] 日経電子版の記事:

マスクの効果、流体解析で見えた コロナ飛散を抑制

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58017760U0A410C2000000/

Date: 2020/04/17
Title: 新型コロナによるロックダウン 地震計がとらえた都市の静寂
Category: 科学一般
Keywords: 都市封鎖(ロックダウン)、地震計


日本では新型コロナウィルスへの感染拡大防止のため出自粛要請が出されたが(先週ようやく緊急事態宣言が出され、16日には全国に拡大された)、都市封鎖(ロックダウン)されているわけではない。しかし、中国の武漢を初め、世界の各国では都市封鎖という事態になっている(武漢は8日に2ヶ月半ぶりに封鎖が解除されたが)。これに関連してナショナルジオグラフィック(電子版)で興味深い記事を見つけた。


それは、

「新型コロナ、地震計がとらえたロックダウンの静寂」

という記事だ。


人が活動すれば、歩く音や、車や電車の音、はたまた工場などから発生する音、というように様々な音を発生させる。こうした人間の活動は地中に無数の微弱な振動を生み出す。このような振動は世界中に張り巡らされた地震計ネットワークで、日夜記録されている。


しかし、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受けて、世界の多くの国で外出自粛、移動の制限、必要不可欠ではない事業の停止などが実施された結果、日常生活で発生する振動はかなり減少したようで、各地の地震計はその変化の様子をしっかり捉えていた。


例えば、中国の武漢と同じ湖北省にある恩施では、平均地盤変位がロックダウン前の平日の平均値約 2.5 nm(ナノメートル、1ナノメートルは10億分の1メートル)に対して、ロックダウン期間中では 1 nm 強と、約 60% も減少していた。米国ロサンゼルスやニューヨーク、ベルギーのブリュッセル、スペインのバルセロナ、イタリアのミラノなどでも同様に観測されている(減少幅は各地で異なる)。


Ignaz Semmelweis 1860
中国・恩施の平均地盤変位の変化の様子
*LOCKDOWN MEASURES INCLUDE STAY-AT-HOME ORDERS,
TRAVEL RESTRICTIONS, NON-ESSENTIAL BUSINESS CLOSURES,
AND NATIONWIDE LOCKDOWNS.
TAYLOR MAGGIACOMO AND MAYA WEI-HAAS, NG STAFF.
SOURCE: TIM CLEMENTS, HARVARD UNIVERSITY

ベルギー王立天文台の地震学者トーマス・ルコック氏によると、世界規模でこのようなことが起きたのは初めてだという。


これらの地震計のデータから、人々の活動は明らかに減少していると思われるが、ルコック氏はこれだけでは社会的距離戦略(これはいわゆる”3密”の一つだ)の効果を測ることは難しいと指摘している。というのは、人口密度や近隣の産業活動など、多くの要素に左右され、さらには地震計がどこに設置されているかということも、データに影響を及ぼすからだという。


今回の観測は好奇心から始まったもののようだが、地震学の研究にも役立つ可能性もありそうだという。つまり、雑音が減少した状態というのは、静かな部屋にいるようなもので、今まで聞こえていなかったより多くの音が聞こえるようになるからだ。外出自粛による静寂のなかで、これまで見逃されていた微弱な地震や遠くの地震が検知できるようになるかもしれないのだ。さらには、地球の”ざわめき”を研究する機会も生まれるかもしれないという。


さらに別の研究も行われている。


それは、米カリフォルニア州で、地下に埋設された光ファイバー網で地震波を記録することで、振動をより細かく分析するという研究だ。地震計では1地点での計測になるのに対して、光ファイバー網では、何百カ所もの振動を計測できるのだ。光ファイバー網のデータは精度が高いため、車1台が通り過ぎる様子さえキャッチできるという。このように細かく交通量を調べることができれば、将来、危機に直面した時、当局が人々の動きを管理するのに役立つかもしれないという。


前出のルコック氏は大量の地震データをまとめて論文にするため、研究者の募集をしたところ、26人のボランティアが集まったという。彼の研究の目的は、前例のない地球規模の静寂を多くの科学者に分析してもらうことだそうだが、これによってこれまで分からなかったことが明らかにされるのかな?それを期待したいと思う。


新型コロナウィルスのパンデミックはいずれ収まってくるだろう。そうなると世界中の人々は元の生活を取り戻すようになるので、微弱な地震波は雑音に埋もれてしまう。これはそれまでの間にしかできない研究だ。


ところで、今回示されていたのは世界の各地の地震計のデータだったが、日本ではどうなんだろう。緊急事態宣言が出されて1週間が経ち、多くの人が外出を自粛して東京や大阪などの繁華街の人出は減ったが(それでも 80% 減には程遠い状況だが)、それは地震計のデータに表れているのだろうか?


繁華街での人出は減っても、電車は動いているし、テレワークが増えても出勤せざるを得ない人はまだまだ多いし、物流も動いているので、地震計のデータには劇的に変化は見えてこないかもしれない(個人的見解ですけど)。気になるところだ。


関連記事・サイトはこちら。

ナショナルジオグラフィック(日本版)の記事:

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/040900225/

ナショナルジオグラフィック(英語版)の記事:

https://www.nationalgeographic.com/science/2020/04/coronavirus-is-quieting-the-world-seismic-data-shows/

ネットで見つけたサイト:

https://flowingdata.com/2020/04/10/stay-at-home-orders-seen-through-decreased-seismic-activity/

ベルギー王立天文台の公式Twitter:

https://twitter.com/Seismologie_be/status/1240952099887865856?s=20

Date: 2020/03/15
Title: 手洗いの重要性を説いたが、報われなかった19世紀のハンガリー人医師ゼンメルワイス
Category: 公衆衛生
Keywords: ゼンメルワイス、感染症、手洗い


中国・武漢に端を発する新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)への感染が世界中に広がっているが、感染を予防する最も効果的な方法の一つが、手を洗うことだ。この「手洗い」に関して、興味深い記事をナショナルジオグラフィック(電子版)で見つけた。それは、手洗いの大切さを発見したにもかかわらず、報われなかった不遇の医師に関する記事だ。


手洗いといえば、某乳酸菌飲料のCMのフレーズ

♫ てあらい、うーがい、○○○○! ♫

が頭に浮かんでくるが(というか、手洗いのことを考えると、このフレーズが頭の中をグルグル回ってしまう)、うがいはともかく、手洗いはインフルエンザや新型コロナウィルスによる肺炎などの感染症の予防に効果があることは広く認知されていると思う(うがいについてはあまり効果がないという指摘もある)。


厚生労働省のポスターによると、正しい手の洗い方は、

①流水でよく手をぬらした後、石けんをつけ、手のひらをよくこする。

②手の甲をのばすようにこする。

③指先・爪の間を入念にこする。

④手の間を洗う。

⑤親指と手のひらをねじり洗いする。

⑥手首も忘れずに洗う。

と事細かに書いてある。

また、米疾病対策センター(CDC)も、せっけんを使って20秒間手を洗い、流水ですすぐよう推奨している(こう書くと、CDCの推奨法はとってもアバウトな印象を持たれるかもしれないが、実際はもっと細かいガイドラインを定めている)。


さて、今回見つけた記事についてだが、手を洗うというアドバイスは昔から常識だったわけではなく、19世紀ではむしろ非常識とされていたそうだ。そのような時代に手洗いの重要性に気づいたのは、ハンガリー人の医師ゼンメルワイス(センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ:Semmelweis Ignác Fülöp、1818-1865)だ。


Ignaz Semmelweis 1860
ゼンメルワイスの肖像画(Wikipeidaより)
Jenő Doby / Public domain

1840年代のヨーロッパでは、子どもを産んだばかりの母親が産褥(さんじょく)熱と呼ばれる感染症の一種で亡くなることが多かった。特にオーストリアのウィーン総合病院では、2つある産科病棟のうち、一方は男性医師たちが、他方は女性助産師たちが担当していたが、女性助産師が担当した出産に比べて、男性医師が担当した出産の方が、産褥熱による死亡率が非常に高かった(2〜3倍ほどの開きがあった)。

当時、この病院に勤務していたゼンメルワイスはこの問題に関心を持ち、原因の調査に乗り出した。彼はこの現象を説明するために、多くの仮説を立てては、検証し、一つ一つ除外していった。そして真の原因を突き止めた。それは解剖用の死体だった。


一方の病棟を担当する男性医師たちは、午前中は医学生の解剖実習に立ち会い、午後になると病棟で患者の診察やお産に対応したが、もう一方の病棟を担当する助産師たちは解剖用の死体に触れることはなく、産科病棟のみで勤務していた。当時は、医師に診察の前に手を洗う習慣はなかったようで、解剖のときに手についた病原菌がそのまま産科病棟に持ち込まれたのだ。当時はまだ病原菌の概念は受け入れられておらず、ゼンメルワイスは未知の「手についた微粒子(死体粒子)」が解剖室から産科病棟に持ち込まれ、それが患者に移って産褥熱を引き起こしていると結論づけたのだ。


なお、フランスの生化学者・細菌学者ルイ・パスツール(Louis Pasteur、1822-1895)が微生物が病原体である可能性を示唆し、ワクチンの予防接種を開発し、ドイツの医師・細菌学者ロベルト・コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch、1843-1910)が炭疽菌や結核菌、コレラ菌を発見し、イギリスの医師ジョセフ・リスター(Joseph Lister、1827-1912)が消毒法を確立したのは、ゼンメルワイスの死後のことだ。


そして1847年、ゼンメルワイスはウィーン総合病院の医師や医学生、看護師たちに、さらし粉(次亜塩素酸カルシウム)の溶液を使って手を洗うよう指示した。これによって男性医師たちが担当する産科病棟での死亡率を劇的に低下させることに成功した(約 18% から 1% 程度まで低下)。


このように、ゼンメルワイスは手洗いの重要性を発見し、その効果を説いたが、ほとんどの医師から無視されたり、批判され、嘲笑を受けることもあった。彼の発見は当時の医学の常識に反するものだった。当時の医学では人体についてはまだ四体液説(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4種類を人間の基本体液とする説)の影響が色濃く残り、病気の治療は瀉血(しゃけつ:血液を体外に排出させる治療法)が主流だった。そして、あらゆる病気は体内のバランスが崩れて起こるものと考えられていた。また、産褥熱については、遺体を解剖すると様々な症状が確認されたことから、様々な病気の総称であると考えられていた。 さらに、当時のヨーロッパでも医師の社会的地位は高く、高尚な地位にある紳士を自認していた一部の医師たちは、ゼンメルワイスによって「自分たちの手は不潔だ」と侮辱されたと反発していた。それもゼンメルワイス説を受け入れることができなかった理由の一つだと考えられている。


結果的には、ゼンメルワイスの説は当時の医学界に拒絶された。この出来事は、頑迷な保守性の一例として心理学的分析の対象とされているようだ。また、画期的な科学的発見には不特定多数の科学者の反発がつきものであり、「科学の進歩を阻害する最も恐るべき障害になる」と指摘している科学史家もいるようだ。

とはいえ、彼の同僚、教え子には彼の説を支持し、研究成果を広めていった者もいた。それにもかかわらず、彼の説が受け入れられなかったのは、彼の研究成果の発表が同僚や教え子たちによるもので、彼自身は論文や著作として何も発表してこなかったことも要因の一つと指摘されている。


このように彼の説が医学界に拒否され、政治的な理由で病院から追放され、ゼンメルワイスは失意のものとウィーンを去り、ハンガリーのペスト(現ブダペスト)の病院に勤めるようになった。ここでも産褥熱が蔓延していて、彼は手洗いを励行して、この病気を病院からほとんど駆逐して母親たちの命を救った。にもかかわらず、彼の説はブダペストの産科医たちには受け入れられなかった。


こんな状況をなんとか打開するためか、1858年、ついにゼンメルワイスは自らの手で『産褥熱の病原学』と題する研究書を出版した。さらに2年後の1860年には『私とイギリスの医師たちとの間の産褥熱に関する見解の差異』と題した論文を出版、そして、1861年には『産褥熱の病理、概要と予防法』を刊行した。このように矢継ぎ早に論文と著書を出版したにもかかわらず、彼の説は医学界の主流に受け入れられることはなかった。それどころか、産褥熱の原因は別のところにあると信じる医師たちからは大きな批判を浴びた。

多方面から激しく批判されていたゼンメルワイスは、1861年頃から深刻な鬱・放心状態に陥っていた。自身の著作に批判が寄せられると、彼は公開書簡の形で反論したが、その内容は、悲痛と絶望、怒りに満ちて、極めて攻撃的に批判者たちを罵るようなものだった。

彼は次第に健康を害していって、一説によると梅毒あるいはアルツハイマー型認知症を患っていたとも言われている。その後、精神病院に入れらたゼンメルワイスは、1865年8月13日に死去した。死因は、右手に負った傷口の感染が原因の敗血症によるとされている。


彼の死後、1870年代には手術前に手洗いの習慣を取り入れる医師が増え始めた。次第に彼の功績も認められるようになっていき、彼の論文はパスツールの病原菌説につながり、彼の理論が科学的裏付けを得て正しく理解されるようになった。

医師がこまめに手を洗うようになったのは1870年代からだが、日常的な手洗いの重要性が広く知られるようになったのは、それから100年以上も経ってからのことのようだ。そして、米国の疾病対策センター(CDC)が手洗いに関するガイドラインを制定したのは1985年のことだった。


19世紀に手洗いの重要性を説き、産褥熱による母親の死亡率を劇的に低下させたにもかかわらず、当時の医学界からことごとく無視・批判されてきたゼンメルワイスだが、20世紀になってやっと彼の名前が残されるようになった。1969年にはハンガリーのブダペスト医科大学がゼンメルワイス大学に改称され、他にも博物館(ゼンメルワイス医学歴史博物館)や病院にも彼の名前が残されている。また、通説に反する新たな知識に触れた人間がそれを反射的に拒絶する現象は「ゼンメルワイス現象」と呼ばれている。


日本で手洗いが一般に普及するようになったのがいつ頃かはよくわからないが、少なくとも僕が子供の頃(1970年前後)は、食事の前やトイレの後はちゃんと手を洗うように、学校や母親から教えられてきた。

やっぱり、手洗いは大事だよね(また”例のフレーズ”が頭の中を駆け巡っている!)。


関連記事・サイトはこちら

ナショナルジオグラフィックの記事:

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/031000162/

厚生労働省の手洗いについてのポスター:

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000593494.pdf

米疾病対策センター(CDC)の一般向けの手洗いの解説:

https://www.cdc.gov/handwashing/when-how-handwashing.html

Date: 2020/02/10
Title: 2020年2月10日、水星が東方最大離角を迎える
Category: 太陽系
Keywords: 内惑星、水星、見かけの位置、最大離角


国立天文台のサイトをチェックしたら、明日2月10日に水星が「東方最大離角」を迎えるそうだ。


水星は太陽系惑星の中で最も太陽に近い軌道を回っているので(太陽からの平均距離は 0.387 au = 5,800万 km)、見かけの位置が太陽から大きく離れることはなく、水星を見つけやすくなるのは太陽からの見かけの位置が最も離れた「最大離角」前後の時期に限られるのだ。


mercury2.jpg
太陽と地球と水星の位置関係

離角というのは、ある点から見た2つの天体のなす角度のことだが、今回の場合は、地球の中心からみた太陽と水星のなす角度のことだ。さらに、地球から見たとき、地球の内側の軌道を回る惑星(内惑星:水星と金星)は、太陽とその内惑星との角度がある一定の値以上にはならず、それを「最大離角」といい、太陽より内惑星が東側にあるとき「東方最大離角」、西側にあるとき「西方最大離角」というのだ。東方最大離角のころは夕方西の空に、西方最大離角のころは明け方東の空にあり、今回、水星は2月10日に東方最大離角を迎えるのだ。


では、どの辺りに見えるのかというと、日没直後の西の空の低い位置で見つけやすくなり、東京では2月7日から14日の間、日の入り30分後の水星の高度が10度を迎えるということだ。


今日の日没後、実際にウチのベランダから水星を探してみたら、西(正確には西南西)の空の低い位置に水星を見つけた。急いでカメラを持ってきて写真を撮ってみた(PCに取り込んで確認したら、かろうじて水星が写っていた)。水星の左上の少し高い位置には金星も見えたので、水星と金星の2ショット写真も撮ってみた。


mercury.jpg
日没後、西の空の低い位置にある水星
mercury_venus.jpg
水星と金星


関連サイトはこちら

国立天文台・ほしぞら情報(2020年2月):

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2020/02-topics01.html

Date: 2020/02/09
Title: 航空機の温暖化対策 切り札は「超伝導モーター」か?
Category: テクノロジー
Keywords: 航空機、地球温暖化対策、超伝導モーター


2019年、世界は史上2番目の暑さだったと米海洋大気庁(NOAA)と米航空宇宙局(NASA)が発表したが、日本に限って言えば、気象庁は2019年は年間を通して気温の高い状態が続き、年平均気温は全国的にかなり高くなったと発表した。これは地球温暖化が影響していると見られるが、昨年12月にスペイン・マドリードで開催された国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)で、スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが世界の指導者たちを激しく非難したことや(これは世界の指導者だけでなく、僕ら大人たちへの批判でもある)、石炭火力発電に固執する日本の姿勢に批判が集まったことが記憶に新しい。


地球温暖化対策としては、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの推進、車で言えばエンジン駆動からハイブリッド化、電気自動車への転換など、様々な対策が進められているが、航空機でも例外ではない。国際航空運送協会(International Air Transport Association: IATA)は地球温暖化対策として次の3つの目標を掲げている。

  1. 2009年から2020年まで燃料効率の年間平均 1.5% 向上
  2. 2020年からの航空産業による \(\rm CO_2\) 排出量に上限を設ける
  3. 2005年レベルと比較して、2050年までに \(\rm CO_2\) 排出量を 50% 削減

つまり、航空機業界は2050年の \(\rm CO_2\) 排出量を05年比で半減する必要に迫られている。その一方で、航空機の需要は2050年には倍増するとの予測もあるようだ。つまり1機あたりの \(\rm CO_2\) 排出量を現在の 1/4 にまで削減しなければならないのだ。


航空機の温暖化対策として、①運行方式の改善、②燃料効率に優れた航空機の開発、③バイオジェット燃料などの代替燃料の導入などが検討されているが、その他にも電動航空機(ハイブリッド化および完全電動化)の研究も進められている。中でも、ジェットエンジンを超伝導モーターに置き換える取り組みが進められている。


まずは、ジェットエンジンの仕組みについておさらいしておこう(ザックリだけど)。


現在多くの航空機で使用されているのはターボファンエンジンと呼ばれるもので、コアとなるターボジェットエンジンの前部にファンを追加したものだ。

コアとなるターボジェットエンジンは、吸入した空気を前部のコンプレッサーで圧縮して燃焼室に導き、燃料と混合して点火。そのときの爆発によって生じた排気流を推進力として用いるが、一部は燃焼室の後ろにあるタービンの出力によってコンプレッサーの駆動力として還元される。


これに対してターボファンエンジンは、コンプレッサーの前にファンを追加したもので(エンジンを前方から見ると、大きな羽根車が見える。ファンの直径はコンプレッサーのそれより大きい)、コンプレッサーと同じくタービン出力によって駆動される。ファンによって吸い込まれた空気のうち、コンプレッサーより外側の部分はそのままコアエンジンの外側にバイパスされ、エンジン後方に排出される。


Turbofan3 Labelled
ターボファンエンジンのアニメーション(Wikipediaより)
Zephyris at English Wikipedia [CC BY-SA]

ファンのみを通過する空気流入量とコアエンジンで使用する空気流入量の比はバイパス比と呼ばれ、特にバイパス比が概ね4以上のものは高バイパス比エンジンと呼ばれ、現在のジェット旅客機エンジンの主流になっていて、バイパス比の向上は燃費の向上にもつながっている。さらにファンからの排気がコアエンジンの排気を包み込むため騒音も小さくなるというメリットもある。初期の高バイパス比エンジンは、例えばボーイング747(B747)で使用されたP&W(プラット・アンド・ホイットニー)社製のJT9D型エンジンではバイパス比は5:1程度だが、最新のエンジンでは、例えばエアバスA350 XWBに搭載されているロールス・ロイス社製トレントXWB型エンジンではバイパス比は9.6:1となっている。


さて、ジェットエンジンについての話はこれ位にして、本題に戻ろう。


現在の航空機エンジンの主流であるターボファンエンジンの燃費が向上しているとはいえ、コアエンジンで燃料を燃焼させているので、\(\rm CO_2\) を大量に排出する。そこで考えられているのが、コアエンジンを電動モーターで置き換えようというアイデアだ。そのモーターは超伝導を使ったもので、超伝導によって強力な磁場を発生させてモーターを回し、小型で軽量だが強力な動力源にしようというもので、九州大学がボーイングと共同で取り組んでいるものだ。


なぜ超伝導を使うのかというと、普通のモーターを使うと発電機からモーターまでのシステム全体で相当な重量になるからだ。例えば、小型のジェット旅客機であるボーイング737(B737)を飛ばすためには最大で20メガワットの出力が必要だという(1メガワットは100万ワットで、20メガワットは2000万ワットになる)。これだけの出力を普通のモーターで出そうとすると、システム全体で10トンほどの重量になるというが、ボーイング737の最大離陸重量(燃料やペイロードを含めた離陸可能な総重量の最大値)は、シリーズにもよるが50〜85トン程なので、10トンという重量はその12〜20%も占めることになる。普通のモーターがこのように重くなるのは、磁場を発生させるコイルの芯材として鉄を使用しているためだ。また、コイルに銅線を使用しているので、磁場を発生させるためにコイルに電流を流すと、銅線の電気抵抗で熱を発生させるという問題もある。


これに対して超伝導モーターでは、銅線の代わりに超伝導線材を使用してコイルを作り、冷却には液体窒素と気体の水素とヘリウムを使う(気体を使うのは液体窒素の量を減らし、モーターが回転するときの抵抗を減らすためのようだ)。超伝導状態では電気抵抗はゼロになるので、より多くの電流を流すことができ、強力な磁場を発生することができる。そしてこの磁場でモーターを回すというわけだ。さらに、コイルの巻線の巻き数を減らして小型化できるので、重たい鉄芯の使用量も減らこともできる。これならモーターの重量を1/10以下にでき、出力は2倍以上にできると試算されているようだ。


turbofan3.jpg
コアエンジンを電動モーターに置き換える概念図

モーターの電源としては、電池は使わず(これも既存の電池では重くなるからだ)、既存のジェット燃料か液化天然ガスを使ったガスタービンによる発電機を使用し、モーターへの送電も超伝導を利用すると、システム全体では2.5トンほどの重量になるという。将来的には液体水素による発電も視野に入れいているようだ。


目標となる超伝導モーターの大きさは、直径 50 cm、長さ 1 m で、これを複数並べて使うことを想定している。ただし、揚力を生じさせる方法は現在のジェット旅客機とは異なるようだ。


ジェット機では、エンジン(コアエンジン+ファン)からの噴流の反動で推力を得て、上面が膨らみを持った断面の主翼の上下を空気が流れていったとき、主翼の上下で圧力差が生じて(上側の圧力が下側より下がる)揚力を得ている(大雑把な言い方だが)。これに対して、超伝導モーター機では、主翼の上部に取り付けた多数の超伝導モーターによるファンで、主翼の上部に速い流速を作り出して、主翼の上下に生じる圧力差で揚力を得る方式になるようだ。


では、現在の状況と今後の目標はというと、試作した超伝導モーターの出力は高くても 1 kW 程度だという。今後は素材の探索や設計の見直しなどで、3年後には出力を 500 kW にまで高めることを目指しているという。さらには、2020年代半ばには全て超伝導を使った出力 1 MW(メガワット)のシステムを完成させ、2030年代には全てが電気で動く航空機の試作機の完成を目指しているという。


航空機の温室効果ガス(\(\rm CO_2\))排出削減策として、ボーイングやエアバスなどの航空機メーカーや、NASA、JAXAなどの研究機関でも研究が進められているが、究極の目標は完全電動航空機ということになると思うが、それまでのつなぎとしてジェットエンジンまたはガスタービンと電動モーターを組み合わせたハイブリッド航空機ということになるのだろう。


ハイブリッド方式にもパラレルハイブリッド方式とシリーズハイブリッド方式の2種類がある。


まず、パラレルハイブリッド方式は、ターボファンエンジンのファンをジェットエンジンと電動モーターの両方で駆動する方式だ。これは現在のターボファンエンジンに電動モーター(モーターは2次電池で駆動される)を接続したもので、ジェットエンジンだけでファンを駆動することも、電動モーターだけでファンを駆動することもできるものだ。


次に、シリーズハイブリッド方式は、ジェットエンジンで発電した電気を電動モーターに供給してファンを駆動する方式だ。この方式では、ジェットエンジンはタービンを回して発電することだけに使われるので、エンジンは必ずしも主翼に取り付ける必要はなく、機体の最後尾に搭載するなど、比較的自由に決められる。さらに、推力を生み出す電動ファンの配置や個数も自由に決められる。


NASA N3-X
NASAが提案している次世代航空機 N3-X [© NASA]

例えば、NASAが提案している電動飛行機のアイデアは、胴体と主翼が一体化した全翼機で、機体の最後尾には小型の電動モーターが多数横並びに載っているというものだ(したがって、機体の形も随分違ったものになる)。


開発の流れとしては、パラレル方式からシリーズ方式へという流れになると思われる。

シリーズハイブリッド方式では発電用にジェットエンジンまたはガスタービンも使用するので、\(\rm CO_2\) を排出させてしまうが、ファンの配置や数を最適化すれば、トータルとして \(\rm CO_2\) 排出量を削減できるとされている。


さらに究極の目標として完全電動化(ゼロエミッション化)するには、リチウムイオンバッテリーでモーターを回してファンを駆動することになるが、小型機であれば現在実証実験も進められているようだ。しかし、中〜大型機となると、さらなる大出力化が必要になる。バッテリーを大きくすれば高出力化できるが、その分重量も増える。長時間のフライトで大電力を供給できて、しかも小型軽量なバッテリーの開発がキモになると思う。


まだまだ道は険しく長いなぁ〜。


関連記事、サイトはこちら

米海洋大気庁(NOAA)の記事:

https://www.noaa.gov/news/2019-was-2nd-hottest-year-on-record-for-earth-say-noaa-nasa

気象庁の記事:

http://www.jma.go.jp/jma/press/2001/06b/tenko2019.html

IATAの航空機のCO2排出量抑制に関する記事:

http://www.alterna.co.jp/27703

日経電子版の記事:

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52657010X21C19A1000000/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50855220Q9A011C1X90000/

Newsweekの記事:

https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2019/06/co2-7.php

JAXAの電動航空機関連サイト:

http://www.aero.jaxa.jp/spsite/eclair-sp/

ロールスロイス Trent XWB の資料:

https://www.rolls-royce.com/~/media/Files/R/Rolls-Royce/documents/civil-aerospace-downloads/trent-xwb-infographic.pdf

ボーイングの温暖化対策関連サイト:

http://www.boeing.com/principles/environment/report/index.page#/commitments

エアバスの温暖化対策関連サイト:

https://www.airbus.com/innovation/future-technology/electric-flight.html#objective

NASAの電動航空機関連サイト:

https://www1.grc.nasa.gov/aeronautics/electrified-aircraft-propulsion-eap/eap-for-larger-aircraft/

Date: 2020/01/03
Title: ベテルギウスに異変、超新星爆発の前兆か?
Category: 宇宙
Keywords: ベテルギウス、異変、超新星爆発


ネットのニュースを検索していたら、興味深い記事を見つけた。それは、
「オリオン座のベテルギウスに異変、超新星爆発の前兆か 天文学者」
という記事だ。

orion.jpg
ベテルギウスの位置
冬の星座の代名詞とも言えるオリオン座。その中央にある三つ星の左上に赤く輝く1等星の星がある(地球から見ると左上だが、オリオンの右肩に位置する)。そう、オリオン座のα星ベテルギウス(Betelgeuse)だ。そしてこの星はおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンと共に「冬の大三角形」も形作っている。

地球から約700光年の距離にあるこの星は、M型の赤色超巨星だ。どれくらい大きいかというと、太陽半径の950〜1000倍ほどもある。仮に太陽の位置にベテルギウスを置いたとすると、火星の軌道をはるかに超えて木星の軌道付近にまで達する大きさだ。質量は太陽質量の20倍ほどあるが、赤い星なので表面温度は太陽の表面温度(約 5800 K)よりはるかに低く、3500 K ほどだ。ベテルギウスは誕生して1000万年程経っていると推定されているが、質量が大きな恒星なので中心部での核融合反応が激しく進行するため寿命は短く、いずれ超新星爆発を起こすとみられている。爆発後はブラックホールにはならず、中性子星になると考えられている。


ベテルギウスの画像
(NASA, Astronomy Picture of the Day より)
Credit: Xavier Haubois
(Observatoire de Paris) et al.
さて、このような星であるベテルギウスだが、記事によると、最近この星に異変が起こっているかもしれないという。ベテルギウスを長年観測している米ビラノバ大学(Villanova University)のエド・ガイナン(Ed Guinan)教授によれば、10月以降ベテルギウスの明るさが著しく低下していて、現在は通常時の2.5分の1の明るさだという。過去50年間でこれほど急激に暗くなったことはなく、何か尋常ではない事態が起きようとしている(超新星爆発に向かう段階にある)可能性があるとガイナン氏は考えているようだ(氏自身は、ベテルギウスは今後20万〜30万年の間に超新星爆発を起こして一生を終えると見ている)。

ベテルギウスは変光星としても知られていて、北半球の冬の半規則型変光星の中では最もはっきりした変光を示す(半規則型変光星というのは、規則的に変光する一方で、時々不規則な変光をする星のことだ)。しかし、今回は過去数年に比べて劇的なペースで輝きを失っているという。このまま超新星爆発へと突き進んで行くのか、再び明るくなっていくのかは現段階では断言できないようだ。

では、もしベテルギウスが超新星爆発を起こしたならどういうことになるのか?

爆発した時の明るさは-11等級を超える明るさになると予想されていて(これは半月より明るい)、昼間でも肉眼で見えるくらいの明るさになる。冬の時期であれば、夜空に月に匹敵する明るさの星が見られることになる。ガイナン氏によると、赤かったベテルギウスが青い光となって3〜4ヶ月輝き続け、完全に消えるまでおよそ1年かかるという。

地球への影響についてはどうだろうか?

太陽系に十分近い距離(概ね数十光年以下)にある恒星が超新星爆発を起こすと、爆発によって大量に放出されたガンマ線 [1] によってオゾン層が破壊され、太陽からの有害な紫外線が降り注ぐ。そのため地球上の生命に深刻な影響をもたらすとされている [2] 。ただ、ベテルギウスは地球から700光年ほどの距離にあるので、仮に超新星爆発を起こしたとしても、オゾン層が多少傷つく程度で地球および生命への影響はほとんどないという予測もあるようだ。

また近年の研究では、超新星爆発の際のガンマ線は自転軸の 2° の範囲に放出されることがわかってきていて、その後の観測によって地球はベテルギウスの自転軸から 20° ずれていることがわかり、ベテルギウスからのガンマ線は地球に影響を及ぼさないと考えられているようだ [3]

今回見つけた記事はCNNの記事だが、他のメディアでは注目されていないようだ。NASAやESA、国立天文台などのWebサイトでも関連した最新の記事は見当たらない。ベテルギウスについてはとりあえず静観ということなのかな?

ところで、晴れた日の夜、ウチのベランダから夜空に輝いているオリオン座をよく見るんだが、今回見つけた記事を読んでから、こころなしかベテルギウスが以前より暗くなったような気がするが…気のせいか?

関連記事はこちら。
CNNの記事(日本語版):
https://www.cnn.co.jp/special/science/35147489.html
CNNの記事(英語版):
https://edition.cnn.com/2019/12/26/world/betelgeuse-may-explode-scn-trnd/index.html
https://edition.cnn.com/2020/01/01/opinions/betelgeuse-star-dimming-supernova-opinion-lincoln/index.html

[追記]
その後、ナショナルジオグラフィックの記事によると、ベテルギウスは再び明るさを取り戻しつつあるそうで、この記事を読んでから夜ベランダからオリオン座を眺めると、ベテルギウスは以前より少し明るくなったような気がしないでもないが、まぁ、これも気のせいか…。
ベテルギウスが明るくなりはじめたことで、天文学者たちはベテルギウスがなぜ急激に暗くなったのか、その原因をさぐれることを期待する一方、超新星爆発を目撃する機会を逃したことを残念がっているのかな?

ナショナルジオグラフィックの記事:
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/022700132/


[1] ガンマ線が数秒から数時間にわたって閃光のように放出される現象をガンマ線バーストと呼ぶが、この現象は超新星爆発と関連していると言われている。

[2] 古生代のオルドビス紀末(約4億5000万年前)の生物大量絶滅の原因については諸説あるようだが、NASA(米航空宇宙局)とカンザス大学の研究者によって、近く(6000光年以内)で起こった超新星爆発によるガンマ線バーストが引き金になったする説が唱えられている。

[3] 超新星爆発時のかなり大きな質量変動とそれに伴う自転軸の変化が予想できないこと、ガンマ線放出指向性の理論的・実験的な根拠がはっきりしないことから、直撃の可能性について確実なことは知られていないようだ。