GWは北鎌倉でお寺巡り ― 東慶寺~浄智寺~光照寺 - 神奈川県鎌倉市 - |
GW中の5月4日、天気も良かったので北鎌倉でお寺巡りをしてきた。
まずは案内標識を頼りに東慶寺へ。
東慶寺は鎌倉時代の1285年(弘安8年)に、鎌倉幕府第9代執権・北条貞時を開基、第8代執権・北条時宗の正室・覚山志道尼を開山として建立されたと伝えられる。女性から離縁できなかった封建時代に、このお寺に駆け込めば離縁できるとして、以来明治に至るまでの600年間にわたって女人救済のお寺として、縁切りの寺法を引き継いできた。そのため、「駆け込み寺」「縁切り寺」といわれてきた。
室町時代には鎌倉尼五山第二位に列せられていたが、明治以降は臨済宗円覚寺派の禅寺となったそうだ。
この先にあるのは人の家のお墓のようなので、引き返して東慶寺を後にすることに。
東慶寺を後にして、案内標識を頼りに浄智寺に行ってみることにした。
浄智寺は、鎌倉幕府第5代執権北条時頼の三男である北条宗政が亡くなったとき、その菩提を弔うために1281年頃に創建された、鎌倉五山第四位のお寺です。ご本尊は阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の三世仏で、それぞれ過去・現在・未来を象徴するそうです。また、境内は「浄智寺境内」として国の史跡に指定されているそうです。
境内を一通り散策したので、浄智寺を後にした。
浄智寺を後にして、近くを散策していたら、光照寺というお寺の前に来たので、入ってみることにした。
案内板によると、光照寺は「時宗の開祖・一遍上人が、念仏布教のために鎌倉に入ろうとしたのを、執権北条時宗の警固の武士に阻まれ、野宿した地に建立されたといわれるお寺」だそうだ。また、隠れキリシタンを受け入れていた伝承も残されているそうだ。
この後、境内の奥の方にも行ってみたが、人の家のお墓が並んでいたので、引き返して光照寺を後にすることにした。
これで、この日のお寺巡りはお終い。
おわり。